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昨年、映画の興行収入で邦画が洋画を20年ぶりに上回ったそうだ。
街角インタビューのなかで、なるほどと思ったのが、「ハリウッド製は奥行きがない」
という意見だ。
この本には、奥行きがある。
名画のように、読後にじっくりと余韻を感じることのできる良書である。
夫の借金を背負いどん底の、主人公の寿恵すえ 、3度の死から奇跡的に生還した盛栄もりえい
2つの物語が交互に展開していき、 ついに2人が出会い、人生が180度の方向へ急展開していく。そして2人は融合し、 潮が退くように終わっていく。
寿恵は更紗さらさ という芸術の世界で世界的名声を得、盛栄は奇跡的な力で人の病気を治していく。
その2人の大活躍の陰には、互いがサポートし合い、尊敬し合う姿が感じられる。 融合の結果である寿恵更紗、いったいどんな作品なのだろう。
    レビュー作者 宮島茂夫

本文70% 感想BBS

目次 あとがき 著者profile
Copyright (C) 2006 明窓出版, All rights reserved














                                  

















   プロフィール

 
 一九二六年 大阪府に生まれる
 一九五〇年 ローケツ染めの研究を始める
 一九六五年 手描更紗の研究、創作活動開始
 一九七一年 岐阜・美濃に顕習場を建設し、夫婦にて人類救済活動をスタート
 一九七五年 東京銀座/和光主催により個展(同七九・八四・八八・九二・〇〇)
 一九七七年 イタリア(ローマ)・ドイツ(ケルン・ベルリン)より招聘され個展
 一九七九年 日加修好五十周年記念に日本文化使節としてカナダ政府より招聘され個展
 一九八四年 愛媛県立美術館主催により個展
 一九八六年 名古屋市立博物館にて個展
 一九九三年 日仏文化交流日本代表としてリール市オペラ座にて講演・個展
 一九九五年 ユネスコ平和五十周年記念にフランス/ユネスコ本部より招聘され個展
 二〇〇四年 NPО法人日本燦クラブの顧問となる
 
 
 主な著作
 一九八〇 「更紗・青木寿恵作品集」京都書院より出版
 一九八八 「寿恵更紗―青木寿恵作品集」京都書院より出版
 一九九二 「クメールの微笑 更紗青木寿恵作品集」京都書院より出版
 一九九六 詩集「しぜんのままに」出版
 一九九八 著書「愛のしづく」出版
 二〇〇五 著書「想念実現」出版

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       ◎ 目 次

           お前は太陽 ……………………………………10
  第一章 足の不自由な人が立って歩いた …………………… 13
  1 出会い
  2 生命を絶つ
  3 奇跡
 
 第二章 生い立ちの記 ………………………………………… 23
  1 神隠し
  2 一度目の蘇生
  3 母の死
  4 お百度詣り
  5 お父が蘇った
  6 旅芸人一座に
  7 トラック事故
  8 肉体遊離 夢幻の世界
  9 二度目の蘇生
  10 病魔
  11 自殺を決意
  12 再出発 戦争 敗戦 希望
  13 病魔との闘い 自己嫌悪
  14 三度目の蘇生
  15 神あらわる
  16 神の意のままに 新たな出発
 
 第三章 究極の染めをめざして ……………………………… 61
  1 染めの師を求めて
  2 無一文 無一物
  3 染色への道
  4 債権者会議
  5 人生の再出発
  6 更紗に魅せられて
  7 チャンス
  8 研究
  9 家の売却
  10 誠意は必ず通じる
  11 手描き更紗 初めての着物
  12 深い想いの愛(松山美術館オープン記念)
  13 南十字星の輝く島
  14 植物染料との出合い
  15 新分野への試み
 
 第四章 縁 ……………………………………………………… 91
  1 運命の日
  2 奇跡の能力を発揮
  3 初めての研修会
  4 各地への救いの旅
  5 後世にのこる作品
  6 心の創作
  7 草木染 手描更紗展
  8 結城紬の郷
  9 孔雀の園
  10 至難の業
  11 大脱皮 水をかぶれ
  12 彗星のごとく現れた女性
 
 第五章 救う人 救われる人 ………………………………… 119
  1 大きな家族
  2 お餅つき
  3 初日の出
  4 雪の中の研修会
  5 人の心の移ろい
  6 宇治研修道場
  7 北海道 釧路の人
 
 第六章 阿吽の郷 ……………………………………………… 133
  1 澄み切りの空
  2 法則の学び
  3 親のエゴ 狂った息子
  4 超能力に魅かれて
  5 訪れる人びと
  6 私には何かがある
  7 予知能力
  8 天から言葉が降りてきた
  9 天言を学ぶ
  10 「天言録」より
    天は愛・親となりたる人よ・気力・心の達人・
    この者、青木盛栄に・天言のはじまり
  11 盛栄の決断
 
 第七章 今日限りの命 …………………………………………… 163
  1 突然の訪問者
  2 天に訴える
  3 大きな栄誉のお返し
  4 寿恵更紗 海の彼方へ(ローマ)
  5 日の丸の封印
  6 気力と根性の精神力
  7 精神と肉体の闘い
  8 魂を染め込む
  9 失語症
  10 今日限りの命
 
 第八章 寿恵更紗 世界の旅展 ………………………………… 187
  1 ロマンティック街道の旅
  2 肉体の衰弱
  3 チャレンジ
  4 夫婦愛
  5 寿恵更紗世界の旅展
 
 第九章 断酒 …………………………………………………… 201
  1 安易な道を選ぶな
  2 倒れても悲しむな
  3 天の使命のままに
 
 第十章 クメールの微笑 アンコールワット ………………… 207
  1 悲痛な叫び
  2 喜びあふれる微笑の創造
 第十一章 生命の危機を乗りこえて ………………………… 213
  1 ひとり越後湯沢へ
  2 天はきっと生かして下さる
  3 生と死の境
 
 第十二章 レオン・ド・ロニーの想い ……………………… 219
  1 フランスへ
  2 芸術の融合
  3 愛の聖火
  4 ジョセフ・デュポア氏の言葉
 
 第十三章 愛・平和・燦き(フランス) …………………… 227
  1 もう、大丈夫だ
  2 ユネスコ展  
  3 生かされてあり
 
           あとがき ………………

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 「こんにちは……」
 男の人の声。玄関の前にボストンバッグをひとつさげて、A先生が立ってい た。突然の訪れに、
「どうされたのですか?」
 私は驚いて尋ねた。
「もう、どこへも行く所がない。突然ですまない。」
 と、謝られた。
「家族や親戚から、『毎日の生活もままならない貧乏暮らしをしているのに、人の為、人の為 と出歩いて、一文の収入にもならないようなことは、今後は辞めて欲しい』と嘆願された」
「自分は、天から使命を帯びてこの世に生命を与えられている。その大切なことを話してみても、誰も聞く耳を持たないものばかりで、言えば言うほど気が狂っているのではないかと精神異常者あつかいにされ、近所の知人までが集まって来て責め立てられ、まじめに働くようにと厳しく詰め寄られた」
 次々と、奇跡を顕して人々を救って来たA先生であったが、そのことが永遠の感謝となって人々の心に残るものとは限らない。目に見える現実の世界だけを信じる世の常として、
「目に見えない世界を信じよ」
 と、口をすっぱくして言い続けても、雲をつかむような話で終わってしまう。
 そして、彼の、天から授かった能力を、利用はしても、信じ切って協力していこうとするものはほとんどいないのであった。悲しいことではあるが、それが現実かもしれなかった。まして家族や親戚、身内であるが故に反発するのは当たり前のことである。私は彼の超能力を人の為に尽くし切る姿に感動し、彼の真の姿と価値を知るものは私の他には誰ひとりとしていないことを悟った。
 これよりA先生(青木盛栄)の精神活動を支え、ともに歩んでいくこととなった。


2 奇跡の能力を発揮

 盛栄は男である限り、自分も何か働いて収入を得なければいけないと考えて、知人もいない京都で色々と伝手を頼って歩いてみたが、かえって出費がふえることになり、これは怩ィ金を儲ける仕事をするな揩ニ天は知らせているのではあるまいか。天から頂いた能力は人を救うことにある。つまらない人間社会の常識で恍jである以上家族を養って行かなくてはならない揩ネどと考えて無益な行動はするな揩ニいうことなのだと私は直感した。そして、私は強い覚悟のもとに、
「生活は全部私が引き受けるから、お金儲けのことはいっさい考えないで、今までどおり人を救い、世の人のために尽くしてほしい」
 と彼に伝えた。女一人で生計を立てるのは、なまやさしいことではない。倒産した折、親戚に借りたお金が、まだ何百万円もそのままになっている。それを働いて返していかなくてはならない。
 そんな時、岡山の彼の友人がある人を紹介して来た。名古屋に住んでいるというその女性は、
「不思議な能力を持っている」
 ということであった。盛栄は意気投合して、
「これから力を合わせて、迷える悩み多き人たちを救っていきましょう」
 と言うことになり、早速、名古屋で人を集めることになった。盛栄の能力の宣伝がいき渡っていたのか、大勢の人たちが集まった。
 真理を説く心の法則の講演が終わり、皆の面前で個人個人の指導が始まる。耳の聞こえなかった人は突然聞こえるようになり、白内障や緑内障を患っている人は、濁っていた眼球が涙で洗われてみるみる黒く輝き出す。名刺の小さな字が読めると、感動で顔は涙でくしゃくしゃになり盛栄に抱きついて号泣する。長年、床についていた脳卒中の人が立って歩き出す。この世のものとは思えない光景に、会場は興奮のるつぼと化す。
 噂が広がり、テレビ局が取材に来た。三階建ての各部屋はすぐにいっぱいになり、
「朝の五時ごろから並んで待っている」
 という始末である。二階で講演を一時間。三階と一階の人はスピーカーで聞く。それぞれの階段もいっぱいの人で埋まっていた。講演を終え、各部屋に盛栄が入って行くと、皆、待ちかねたように手を合わせ涙を流して喜んだ。お茶を飲むことも食事をすることもままならず、ホッとして時計を見ると夜中の二時、三時になっていた。
 私は、盛栄の身を案じた。これだけの人たちを救うには、強力なエネルギーが必要とされた。医学で手を尽くしても治らない難病を救うには、それも人の面前で瞬間に奇跡を起こすことは大変なことである。天からのエネルギーは頂いても、強い強いパワーが必要である。生身の人間である夫の身を案じることは、当たり前のことであった。その頃はまだ弟子もなかった私は出来る限り行動を共にすることにしていた。そして、彼の健康を祈り続けるのであった。


3 初めての研修会
 色々な病気が一瞬にして治る。だが、脳卒中の人がいったんは立ち上がり、病気が治ったとしてもその後のケアが出来ない。過去からの長年の病歴、その潜在意識が残っているのである。そうすると、たとえ治ったとしても、一回の治療ではもとに戻ってしまうのである。
 そのためには、ケアに必要な施設を手当しなければならないということになった。
 八百メートルくらいの山の上に、民家が数軒、ポツンポツンと建っている。そこは空気も澄み切って、大きな声で叫ぶとやまびこが返って来た。この地に住んでいるのは、心の温かい、与えることの喜びを持った人たちであった。そこで、三軒の家を宿舎としてお借りした。
毎月、二泊三日の研修会が始まった。悩みや、病にならないように、心のありよう、心の法則を優しく解り易く説いた。皆、同じ所に住み、そして澄み切った山の上の空気は、心がしだいに落ち着きを取り戻し癒されていくのであった。田舎の生活は今までの暮らしとは違い、庭前の畑でつくっている大根を引き抜いて来て煮物にしたり、それぞれの季節の野菜が食卓をいろどった。
 回を重ねるうちに人数がドンドンと増えていき、大型バスを借り切っての研修会となった。研修会場に行く山道は、過去、一度も大型バスは通ったことはなかった。それは、道がくねくねとくねっていてバスが走れるような道ではないが、
「盛栄先生が同行されるので大丈夫」
 と、人々は信じ切っている様子であったが、多くの人たちを守らなくてはならない盛栄の責任の重さを感じた。大勢の人たちの乗ったバスは、途中で前にも進めず後ろにも下がれず、もうどうしようもなくなって乗客は皆バスから降りた。立ち往生だ。それを何とかしようと、多くの人たちが知恵を出し合った。一歩間違えば、がけ下へ転落してしまう。私は祈った。恂ウ事に通れますように掾B
 しばらくして盛栄は、
「皆で歩こう、山道も楽しいぞ」
 と、それぞれが励ましあい助け合いながら目的地に到着。足の悪い人やお年寄りの方たちは、自家用車が何回も往復した。このような体験を通じ、人々の心の結びつきはよりいっそう強くなり、思い出深い研修会となった。


4 各地への救いの旅
 そのうち、救われた人の中からお弟子さんも出来て、各地へ講演と指導の旅が始まった。私たちが留守の間の息子たちの食事は、カレーやおでんをたくさん作っておいたり、簡単なものを次男に教えたりして、私も夫に同行した。弟子の皆さんのためには、朝四時ごろから起きておにぎりやお煮しめをいっぱい作り、重箱に何段も重ねて持って行った。しらじらと夜の明け染める頃、ボロ自転車に夫は乗り、私はその荷台にお弁当の重箱を抱えて横乗りして、駅までフーフー言いながらこいで行くのである。私は後ろの座席で、
「ヨイショ、ヨイショ」
 と掛け声だけはかけられるが、おそらく恟dくて大変なことだったろう揩ニ今になって思う。
 人々が次々と救われて感激の嬉し涙を流しているのを見ると、大変とか苦労とかは吹っ飛んでしまい、何かに引っぱられるように愛知・岐阜とかけずり回った。まさに手弁当の旅であった。救われた人々から、お礼は頂かないことにしていたので、まだまだ生活は苦しく、二人で出かけて行く運賃さえも儘ならなかった。そんななか私は、時間を見つけては更紗を必死で描いた。
 しかし、仕事にばかり熱中してはおれなかった。各地から電話が頻繁にかかってくる。盛栄の講演旅行もある。その度に、折角まとまって来た仕事を中断して出かけて行かなければならなかった。『後ろ髪を引かれる思い』とは、こういうことかもしれない。やりかけの振り袖が気にかかる。生まれて初めての創作に取り組んでいる最中である。恣r中で中断したくない、仕上げてしまいたい搏凵X、物創りをするものなら誰しも思うことではなかろうか……。ジレンマ……。しかし、いつも盛栄を大事にし、人の為に尽くさせて頂くことを優先とした。心の切り替えが必要であった。
 こうしたことの繰り返しで、一枚の振り袖がようやく出来上がった。どのくらいの時を要したであろうか。化学染料では味わい得ない美しい色調に仕上がった。総模様で手の込んだものである。生地を提供して下さった方ももちろん気に入り、大いに喜んで下さった。  
 
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 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 
















あとがき

『宇宙人』
  私は、人に聞かれると盛栄のことをこう答えた。
  現世に生きる人間として、私には理解出来ないことが多くあった。
  その人と共に歩み、
  人々に限りなき愛を貫き通した、“奇跡の人と人生ふたり旅”であった。
 
 
      宇宙からのメッセージ
                     一九九六年五月二十七日
 
 この言葉聞けしもの幸せ
 聞けぬもの不幸
 ぜひ伝えよ 知らぬものに伝えよ
 知らぬものも知れば
 幸せへの道が開かれる
 自分のみのものにするな
 同じ地球上の生きる人
 ゆえにすべてが
 幸せになってこそ本物の幸せ
 伝えよ
 伝えゆく自分が救われる
 
 
  一九九五年七月二十五日、盛栄はこの地球上から消えていった。肉体はこの世から消滅しても、人類への想いは決して消滅してはいなかったのであろう。十ヵ月後、師の志を受け継ぎ、明るい社会を築き、幸せの輪を広げるNPO法人 日本燦クラブのメンバーの一人に、前記のメッセージが降りた。
  純粋な心を持つその青年は、初め自分の意志とは関係なく浮かんでくる言葉に驚き、“気が違ったのでは”と思ったそうである。以後、毎日のように降りてくる言葉を見て、私は盛栄からの通信に間違いないことを確信した。
                               一九九六年 五月二十七日
 人の一生とはなに
 人の一生は不幸になるためではない
 毎日悩み苦しむためではない
 明るく楽しく生きること
 毎日ワクワクしてドキドキして笑える
 それが本当の人の一生
 明るい楽しい
 善いことのみの人生こそが人生
 
 
  人が好きで、人のために生き抜いた盛栄よりの愛のメッセージは、その後二年半にわたり、千五百にのぼる夥しい数の言葉が届けられた(明窓出版から近々発刊される予定である)。
  共に過ごした私には、盛栄の『人に幸せになってもらいたい』という想いが痛いほどわかる。この世に生ある限り、私は世界中に、この人類愛のメッセージを伝えていきたい。
 
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読者感想文

みなさんからの素敵な感想文をお待ちしております。  編集部  
書き込みは
こちらからお願いします

「奇跡の人と人生ふたり旅」胸いっぱいになりながら読ませていただきました。 感動する本とはこういうことなのですね。
『褒め言葉は心の豊かさ』
『善い言葉は善い人生を創る』
現在、上記の名言を書き記し、壁に貼って、復唱しています。
心の持ち方、在り方を考えさせられ、これからの人生の方向を導いて下さったと感謝しております。
  (神奈川県 Y A 女性)
 
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