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 私たちがごく普通に学んできた近代歴史の認識が、実は大間違いだったのかもしれない。 
一般的に知られている日清戦争の主たる目的が、実は「朝鮮の独立」であったことや、いまだに日本人にとって負い目となっている「満州事変」は、絶対に侵略ではなかった事実が、確かな事実として残されていた。
 さらに、アジア周辺国からの感謝のメッセージが「これでもか」と書き連ねられていて、思わず涙ぐんでしまう。
日本軍の涙ぐましい努力の結晶によって今のアジアがあるということを日本人は改めて認識する必要がある。
 この本は、私たちがどこかへ置き忘れてしまった「日本人としての誇り」を、取り戻せるかもしれない。
    レビュー作者 ピンキー

日本図書館協会から『優良図書』の選定指定を受けました。

前書き 目次 本文70%

あとがき 著者profile 感想BBS


Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved













 
      










                                   明窓出版



















   推薦の言葉
教科書協会という組織がある、一体教科書協会ってなんだ? といつも首をかしげる。その度に理解不能な教科書協会がイメージされる。教科書協会ってそんなものだろうか。違う! 教科書協会の中にだって心ある人は居て、教科書協会はこのままではいけないと教科書協会の未来のためにもっといえば教科書協会の明日のために心を砕いているはずだ。私自身、教科書協会を頭から「教科書協会って駄目組織」とは決して思ってはいないのだ。教科書協会だって必ず脱皮、つまり教科書協会のための、教科書協会による教科書協会の……なんて、かつてのリンカーンのような考え引きずられることはないと信じている。

































  まえがき

 歴史教科書とは、日本の未来を担う子供たちが、日本とはこれまでどのような歴史を歩んできた国なのかを学ぶために読むものである。であればその内容は、日本がこれまでに歩んできた輝かしい来歴を紹介して、日本という祖国に対する誇りと愛情を育み、日本に生まれ育った喜びや、日本の未来を担うことへの希望を培うことを旨とすべきであろう。
 であるからこそ、学習指導要領でも、歴史教育の目標として「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」との項目が掲げられており、歴史教科書もまたその趣旨に沿った内容でなければならないはずなのである。
 にもかかわらず、現在使用されている中学校の歴史教科書(八社が発行している)のうち、この趣旨に沿ったものと評価できるのは、わずかに扶桑社の発行する教科書のみである。その他七社の発行する教科書は、その精神とは正反対の、いわば「我が国の歴史に対する嫌悪感を深め、国民としての後ろめたさを育てる」ものといわざるを得ない。歴史には、影もあれば光もある。その光の部分をひたすら覆い隠し、影の部分をことさらに強調して、「日本とは、こんなにひどいことをしてきた国です」と子供たちに紹介しているのである。しかも、日本を貶めるためとあらば、史実を無視したデタラメも平気で載せている有様である。
 そこで本書では、本年度(平成十八年度)以降四年間にわたり中学校の授業で使用される歴史教科書を取り上げ、特にそうした傾向の強い近代史における対外関係に関する記述を中心に、解説を加えつつその不当性を指摘したものである。本書の指摘によって、歴史教科書が少しでも改善され、一人でも多くの子供たちが祖国日本の歴史に誇りと愛情を持つこととなれば幸いである。
 
 また本書では、単なる教科書批判に終始することなく、アジアとの友好構築、とりわけ韓国との関係改善をも意識した。   後 略



















a548




       ☆ 目 次 ☆

はしがき 8

第一章 明治初期の外交
西郷隆盛が征韓論を主張したとの記述は修正ないし削除を要する 12
日朝修好条規を否定的にのみとらえた記述は修正すべきである 18

第二章 日清戦争

日清戦争の主目的が「朝鮮の独立」であったことを明記すべきである 20
わが国の朝鮮への出兵が条約に基づくものであることを記述すべきである 24
戦後わが国が清国との和解に努めたことを記述すべきである 27

第三章 台湾統治

わが国が台湾の発展に尽力したことを記述すべきである 28

第四章 日露戦争

日露戦争が自衛戦争であった旨を記述すべきである 34
当時まれであった非戦論を誇張した記述は修正ないし削除すべきである 38
わが国がロシアに勝利した歴史的意義を記述すべきである 41
乃木大将と東郷大将が敵将に示した武士道につき記述することを提案する 46

第五章 朝鮮統治
韓国併合に至った経緯を正確に記述すべきである 50
バランスを欠いた安重根の記述は修正ないし削除を要する 59
朝鮮を植民地支配したとの記述は修正ないし削除を要する 63
日本が朝鮮の文化を否定し抹消した旨の記述は修正ないし削除を要する 68
わが国が朝鮮の民生向上に尽力した事実を記述すべきである 71
土地調査事業を行って土地を奪ったとの記述は修正ないし削除を要する 75
朝鮮や台湾の人々に選挙権を認めなかったとの記述は修正ないし削除を要する 78

コラム 日本統治下の朝鮮の教科書 

第六章 満洲事変
満洲事変を「侵略」とする記述は修正ないし削除を要する 104
満洲を中国固有の領土ととらえる記述は修正を要する 113
満洲国を日本の傀儡とする記述は修正すべきである 118
満洲国の顕著な発展を記述すべきである 124
リットン報告書が日本側の立場を理解していたことを明記すべきである 128

第七章 支那事変(日中戦争)
わが国が正式に決定した「支那事変」との呼称を記述すべきである 138
支那事変を満洲事変の延長ととらえる記述は修正を要する 140
支那事変をわが国の侵略戦争とする記述は修正を要する 142
いわゆる南京事件ないし南京大虐殺の記述は修正ないし削除を要する 147
援蒋行為により日本と米英が事実上戦争状態にあったことに触れるべきである 153



第八章 戦時体制下の朝鮮・台湾
創氏改名によって日本名が強制されたとの記述は修正ないし削除を要する 155
朝鮮の人々を「強制連行」したとの記述は修正を要する 161

第九章 大東亜戦争(太平洋戦争)@〔開戦への経緯〕
日本側の呼称である「大東亜戦争」を正式呼称とすべきである 168
大東亜戦争を、自存自衛の立場から記述すべきである 170
戦争を決定的にした「ハルノート」に触れるべきである 180

第十章 大東亜戦争(太平洋戦争)A〔日本の奮闘〕

わが国の奮闘とアジアの人々の協力について記述すべきである 192
大東亜会議および大東亜共同宣言につき加筆すべきである 212
高砂義勇隊の活躍を記述することを提案する 217
大東亜戦争での朝鮮人の活躍を掲載することを提案する 220

第十一章 大東亜戦争(太平洋戦争)B〔終戦へ〕
沖縄の人々の献身的な奮闘を貶めることなく記述すべきである 230
原爆投下を正当化する記述は修正ないし削除を要する 237
ポツダム宣言受諾を「無条件降伏」とする記述は修正を要する 243
終戦時の恣本人の攝S情を記述すべきである 245
日本の敗戦によってアジアの人々が解放されたとする記述は削除を要する 248

コラム ポール・リシャールの詩「日本の児等に」

第十二章 極東国際軍事裁判(東京裁判
極東国際軍事裁判(東京裁判)の不当性につき加筆することを要する 256
わが国の一連の軍事行動を「侵略」とする記述は修正を要する 282

あとがき 288

参考文献 302
 はしがき


























 これまで歴史教科書の記述の不当箇所を多々指摘してきたが、歴史教科書がここまで惨憺たる状況になってしまった原因の一つに、いわゆる「近隣諸国条項」がある。近隣諸国条項とは、教科書を記述するに際して「近隣のアジア諸国との間の近現代史の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされて」いなければならないというもので、教科書検定の基準の一つとなっている。要するに、近隣諸国の顔色を伺いながら教科書を書け、というのである。このような条項があるために、これまで指摘してきたような、明らかに史実に反するデタラメな記述までも、近隣諸国、とりわけ韓国や中国に配慮するあまり、検定で指摘されることなくパスし、子供たちに教えられてしまっているのである。
 この条項が設けられたのは、一九八二(昭和五十七)年に行われた高等学校用の日本史教科書検定の際、文部省(いまの文部科学省)が、中国華北への「侵略」という教科書の記述を「進出」と書き改めさせた、と新聞各社が報道したことに端を発している。
 これによって中国から抗議の声が上がったが、この報道が実は誤報であることが後に明らかになった。にもかかわらず、はっきりと誤報を認め謝罪したのはサンケイ(産経)新聞のみであり、その他のマスコミはそうした措置をとらなかった。
 しかも、ときの宮沢喜一内閣官房長官は、誤報であることが明らかになったにもかかわらず、わざわざ「近隣諸国との友好、親善を進めるために、近隣諸国の批判を考慮して、検定基準を改め、政府の責任で教科書の記述を是正する」旨の談話を発表した。要するに、中国に迎合したのである。これに基づいて設けられたのが、近隣諸国条項である。なお、この時期、日中国交回復十周年の式典に出席するため、ときの鈴木善幸首相の訪中が予定されており、これに出席するために近隣諸国条項の新設が急がれたともいわれている。とすれば、たかが式典への出席と引き換えに、その後二十年以上にわたって異常な歴史教科書が学校教育で用いられ、歴史教育が歪められてしまっているのである。
 しかもこのとき、韓国政府はこう表明していた。
 
「われわれはあえて事を荒立てるつもりはない。」「ただ、中国がこれ以上騒ぎ、それに対して日本が迎合する態度を見せれば、韓国としては中国以上に騒がざるをえませんよ。」
(渡辺昇一・岡崎久彦『尊敬される国民 品格ある国家』五十二頁〜五十三頁)
 
 韓国は、この時点では自制していたのである。にもかかわらず、中国に対し堂々と反論することなく迎合的な態度をとり続けたことで、忠告どおり、韓国も日本非難を始めることとなり、その後も年を経るごとにエスカレートしてしまった。要するに、卑屈に外圧に屈してしまう迎合的な態度が、日韓関係を悪化させてしまったのである。諸外国の言い分を唯々諾々と認めればすべて丸く収まるという認識は大間違いなのである。
 
 そもそも、この件では「侵略」との文言を「進出」に書き換えさせたことは誤報であったが、仮に事実であったとしても、けっして不適切なことではない。
 第一、侵略の定義すら明確にはなっていない。
 たとえば、パリ不戦条約が締結されたものの、同条約では、当事国が「自衛戦争である」とさえ言えば自衛戦争と認定され、侵略戦争として非難されることがないことは前述のとおりである。
 東京裁判の判決でも、侵略を定義することが難しいと認めているにもかかわらず、わが国の軍事行動を「侵略」と断じている。この矛盾を、リチャード・H・マイニアはこう皮肉っている。
 
 われわれは、侵略が何であるかわからないのに、ドイツと日本が侵略をなしたことはわかっていたことになる。
(リチャード・H・マイニア『東京裁判 勝者の裁き』七十八頁)
 
 またパール判事は、侵略を定義することの必要性を感じながらも、それがきわめて困難であることを指摘し、判決文にこう記している。
 
 おそらく現在のような国際社会においては、「侵略者」という言葉は本質的に「カメレオン的」なものであり、たんに「敗北した側の指導者たち」を意味するだけのものかもしれないのである。
(東京裁判研究会『パル判決書(上)』五〇〇頁)
 
 そこで、とりあえず『広辞苑(第五版)』によるならば、「侵略」とは、「他国に侵入してその領土や財物を奪いとること。」とあり、「侵入」とは、「立ち入るべきではない所に、おかし入ること。無理にはいりこむこと。」とある。したがって、侵略とは、不法に他国に入り込んでその領土や財物を奪取すること、ということになろう。
 この一応の定義に基づいて、まず満洲事変について検討すれば、関東軍は満洲に不法に入り込んだのではなく、日露戦争後のポーツマス条約や満洲に関する日清条約など、正当な法的根拠に基づいて駐留していたものである。そして満洲での軍事行動は、満洲に有する権益、およびこれに基づいて満洲に在留していた邦人を保護することを目的としたものであって、領土や財物の奪取を目的としたものではなかった。現にわが国は、満洲を制圧した後、これを植民地とすることなく、満洲国を建国し、満洲皇帝の手に戻している。
 支那事変についても、蘆溝橋で発砲を受けた日本軍は、北京議定書に基づいて駐留していたものであって、華北に不法に入り込んだものではない。その後の軍事行動についても、わが国の停戦努力にもかかわらず、中国共産党の謀略に乗せられて戦わされたものであった。
 大東亜戦争については、マッカーサーさえ自衛のための戦争であったと認めているほどであり、重ねて説明するまでもない。

 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 


















 あとがき


 はしがきで述べたように、歴史教科書とは、日本の未来を担う子供たちが、日本とはこれまでどのような歴史を歩んできた国なのかを学ぶために読むものである。その歴史教科書が、本書で紹介したような有様なのである。あたかも、日本をより悪辣に貶めるよう各社が競っているかのような様相さえ呈している。読めば読むほど、日本という祖国に対する愛情を喪失し、日本人であることに自己嫌悪を感じてしまうような内容なのである。  しかも、史実とは相反するデタラメも随所に散在している杜撰さである。「教科書に書かれていることは絶対に正しい」という一般的な認識は、歴史教科書については当てはまらないのである。   後 略























 著者プロフィール


1972年富山県生まれ
中央大学法学部卒 駒沢大学大学院
法学研究科修了(法学修士)
政治団体勤務を経て、現在評論家として活動






















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