脳死の判定脳死の鉄則脳死と誰が判断する?脳死を見つめて

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これまでの、医学界の重鎮のみに語らせた本とはまるで違います。

医学・法律・宗教の各界オーソリティーが語る必見の脳死論!!
脳死基準を作るため、脳死臨調の委員全員に読まれ参考にされたのみならず、13誌紙に及ぶメディアに絶賛された永久保存の名にに値する名著です

目次 70%

感想BBS あとがき 著者profile
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目次





☆医学☆
医師はまず患者の信頼を得よ東京慈恵医科大学学長(内科)阿部正和
脳死――その社会的合意をめざして東京大学名誉教授(内科)虎の門病院院長小坂樹徳
脳死とその判定基準――より正確な理解のために杏林大学学長(脳神経外科)竹内一夫
杏林大学講師(脳神経外科)塩貝敏之
「脳死」と「医道」に問われるもの西京極病院院長(心臓内科)石田嘉彦
“理と情の間で”前東京都監察医務委員長(法医学)上野正彦
まず死の観察と教育から東京大学教授(成人保健学)大井玄
脳死医療の現場から大阪府立千里救命救急センター所長(外科)太田宗夫
社会的責任を認識して国立病院医療センター院長・東京大学名誉教授(内科)織田敏次
死の判定――脳死NTT東北病院院長・東北大学名誉教授(外科)葛西森夫
脳神経外科の現場より見た“脳死”
藤田学園保健衛生大学教授(脳神経外科)同大学救命救急センター長代行神野哲夫
脳の死こそが人間の死大阪大学教授(外科)川島康生
脳死をめぐる諸問題東海大学教授(神経内科)篠原幸人
わが国の死体腎移植推進に向けて大阪大学教授(泌尿器科)園田孝夫
まずドナーカード増やす運動を名古屋大学教授(外科)高木弘
平成の佛様を彫る――脳死と臓器移植東北大学助教授(外科)田口喜雄
現場に立つ一人の医師として山口大学教授(麻酔科蘇生科)武下浩
臓器提供施設よりみた臓器移植、脳死問題について関西医科大学・救急救命センター(救急医学)千代孝夫
医学は本当に進歩したか法政大学教授(脳生理学)千葉康則
死は点でなく線になった長岡赤十字病院脳神経外科部長外山学
脳死と臓器移植の問題は別――死人に口無し――中島医院院長(内・外科)中島篤巳
ターミナルケアの視点より脳死を考える救世軍清瀬病院ホスピスチャプレン(牧師)
国際ニューホープフスピス研究会会長中島修平救世軍清瀬病院ホスピス長中島美知子
脳死について考えること神戸大学教授(外科)中村和夫
医師は独走してはいけない本多記念病院院長(循環器科)?日米医学医療交流財団理事長本多憲児
人間の尊厳は尊厳死から沖縄メディカル病院院長(耳鼻咽喉科)真栄城徳佳
脳死判定に求められる慎重さ東京大学医学部付属病院(脳神経外科)三井香児
脳死問題をめぐる混乱医事評論家水野肇
脳死は人の死の基本である国立佐倉病院院長(内科腎疾患)三村信英
患者の主体性確立が必要ノンフィクション作家三輪和雄
日本学術会議における「脳死に関する見解」表明まで千葉大学名誉教授(生理学・)前日本学術会議第七部長本間三郎
医科大学学長の立場から東京女子医科大学学長(微生物学)吉岡守正
脳死と臓器移植の現状東京女子医科大学第三外科学教授腎臓病総合医療センター所長太田和夫

□法律□
法的側面から見た脳死元東京大学学長・成城学園長(法律)加藤一郎
自然に生き自然に死ぬ弁護士遠藤誠
法律上の問題解決を急げ弁護士長塚安幸
「脳死」をめぐる若干の論点大阪市立大学教授(法律)中山研一
医学的コンセンサスの獲得を香川大学教授(法律)庭山英雄
医学は世人の啓蒙に努めよ一橋大学名誉教授(法律)植松正

□宗教・哲学・他□
人間の生命をどう生かすか宝仙短期大学学長(宗教)紀野一義
脳死の三次元的考察日本幅員クルセード伝道者前関西聖書神学校校長有賀喜一
脳死の倫理と宗教観大阪大学教授(哲学・宗教学)大峯顯
脳死を身近かに体験して大宅壮一文庫理事長大宅昌
脳死を仏教から考える東洋大学教授(哲学・仏教学)金岡秀友
より良い死はより良い生である能楽師観世栄夫
真の国民的合意を早稲田大学教授(哲学)北村実
神道から脳死を見る黒住教教主(宗教)黒住宗晴
哲学者である医者は神に等しい中央大学名誉教授(哲学・倫理学)桑木務
脳死と臓器移植についての私見――腎移植をした患者の立場から都留文科大学教授(文学)鷺只雄
脳死をめぐって思うこと神戸大学教授(教育心理学)関?一
臓器開発に人類の総力を日勝会会主(宗教)田口日勝
まだ生かされている出雲大社・教統(宗教)千家達彦
命そのものを憶う東京大学名誉教授(仏教学)玉城康四郎
心臓はだれのものか――死人(脳死)に口なし――シュバイツァー寺住職(宗教)古川泰龍
脳死論の前提的価値観を問い返せ東京大学教授(哲学)廣松渉
死生観と脳死東京大学教授(哲学)藤本隆志
私と妻の大いなる体験日本技能者交流センター理事長・元総評議長槙枝元文
「生命」と「いのち」奈良女子大学教授(教育哲学・教育人間学)松井春満
医療技術は公共的財産である厚生省健康政策局・保健医療技術調整官中島正治


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東京慈恵会医科大学学長(内科)阿部正和

私が脳死についての関わりをもつようになったのは、日本医師会が生命倫理懇談会を設置し、その中で医学関係委員の一人として私も参加した時からである。その会議では、男女産み分けについてまず報告書を出し、つぎに脳死および臓器移植についての最終報告書を出した。これに対する一般の反響は非常に大きかったがそれだけにかえって逆に社会的合意の名の下に一歩も先に進むことができず、遂にいわゆる脳死臨調が発足することになった。

脳死は人の死か
私自身の個人的意見としては、脳死をすぐ臓器移植と結びつけることには問題があると思っている。脳死は脳死として、独立した問題として考えるべきである。
脳死は生倫懇の報告書でも述べているが、大脳、脳幹、小脳の脳全体の機能の廃絶した状態であり、絶対に回復の可能性がないものである。確実に診断できれば問題はないが、絶対的な測定方法である。これにさらに補助診断法を加えればなおよいと思われる。例えば、私の慈恵医大では患者さんに侵襲を与えずに脳への血流がなくなったことを知る「経頭蓋ドップラー超音波検査法」によって、ヘッド・サイドで検査する方法を検討しており、これができれば脳への循環停止を知るよい方法になるであろう。
脳死を確実に診断できるならば私は脳死を人の死とはっきりといってよいと思うし、みんなもそれを認めることができるだろう。

脳死が問題になる場合
現実には、臓器移植の症例は、極めて少ないというのが実情である。脳死では人工呼吸器で呼吸をさせていても、やがては心臓の拍動が停止するに至る。脳と肺と心臓のどれかひとつの臓器の機能が止まってしまえば、人間としては機能しなくなる。それぞれ臓器がお互いに関連し合って動いており脳の機能が廃絶すれば、肺や心臓の動きも停止するのである。こういう状態は病院の中では日常よく経験されるところである。例えば、脳出血や脳腫瘍などの場合に、まず脳の死がおとずれ、人工呼吸器で心臓を動かし、あたかも生きているかの状態をつくることはできるのである。こういう場合患者を見守る身内の人たちは、患者の顔色のつやもよく、温かい体を目の前にして、どうしても死を受け入れることができないのはむしろ当然であろう。
しかし、一週間あるいはそれ以上の期間にわたって同じ状態がつづけば、脳の動きが元にもどらない、つまり死がおとずれてきたことがわかってくるものである。人の尊厳ということを考えれば、医師が患者の身内の人々によく説明し、十分に納得してもらえば、人工呼吸器を止めることもできるようになろう。
ある女医さんのご主人が同じような状態になったことがあったが、ようやく十日ぐらい経過してから人工呼吸器のスイッチを切ることができた。その後で脳を解剖したら、脳はもうすっかりくずれていた(融解の状態)のである。

尊厳死と脳死
アメリカでは自然死法ができている州がかなりある。インホームド・コンセントによって、患者と医師の信頼関係ができていれば尊厳死(自然死)が認められているのである。しかし、日本の場合、尊厳死協会が自然死を望む人たちによってつくられているが、まだ法的には認められていない。そのために人工呼吸器のスイッチを切れば医師が告発されることもあり得るのである。尊厳死を望む人たちは、治らないのであれば、余計な治療はいらない、人工呼吸器もつけないでほしいと主張するが、それが実際に行われることはまだ少ない。最近の若い医師は、一日でも二日でも患者を長く生かすことにあらゆる手だてを施す傾向にある。それはそれで尊いことであるが、いまこそ人の死についてよく考えてみるべきではないだろうか。
解体のさいは、本人が生前にそのことを希望してもいざという時には家族の了解が必要である。これからは本人の生前の遺言がもっと尊重され、いわゆる自己決定権が認められるようになっていくことが望ましいと思われる。アメリカでは、個人の意思が尊重されており、州によっては自然死についても自己決定権が法律で認められているのである。
脳の死はいま確実にキャッチできるので、それを人の死として認めて然るべきである。私は臓器移植よりも、むしろ死の尊厳という視点から脳死は重要な問題であると考えている。


脳死とその判定基準
−より正確な理解のために−
杏林大学講師(脳神経外科)塩貝敏之
杏林大学学長(脳神経外科)竹内一夫

一、はじめに
脳死は、近代脳神経外領域の急速な進歩に加え、人工呼吸器の発達・普及を中心とした蘇生医学とその関連領域の進歩により、脳障害に対する集中治療などの医療の現場においては、日常的に見られる状態となった。
ところで脳死に関しては、既に一九〇二も年Cushingは、脳腫瘍による著しい頭蓋内圧亢進のため脳ヘルニアを来し呼吸停止に陥った患者に、人工呼吸でその後二十三時間にわたり心拍動の維持が可能であったと述べている。このような脳死は、今日のように脳死と個体死や臓器移植との関連が、医学的のみならず社会的にも問題となる以前から存在し、将来そのような問題が解決されても、なお存在すると考えられる。
一方、古くから臨床的な死の判定には、経験的にいわゆる「死の三徴候説」が用いられ、とくに厳密な定義や判定基準とか判定法が問題となることはなかった。この死の三徴候は、心拍の停止で表現される「心臓の死」、自発呼吸停止でわかる「肺臓の死」、瞳孔の散大で示される「脳の死」から成り立っている。
従来、これらの三つの死型は時間的にほぼ同時であり、とくに判定上の問題は生じなかった。ただし自発呼吸の停止は、大多数が「脳の死」に由来するため、実際は「心臓の死」と「脳の死」で死の判定を行ってきたことになる。
ところが、とくに「心臓の死」と「脳の死」の時間的なずれ、すなわち「脳の死」が「心臓の死」に先行する場合が生じたため、いくつかの問題が発生した。
このように、実地臨床より派生した脳死の自然科学的・医学的な解明と医療の現場での正しい対応のため、その概念・定義を定め、判定基準、判定方法を確立する努力が為されて来た。その結果、現時点において、各国から提唱されているいずれの定義・判定基準を用いても、脳死の正しい判定が可能となる。
しかし、脳死を個体死と認めるかどうかの議論が進むにつれ、実地臨床での特殊な状態である脳死の概念に対する誤解や、再び脳死の判定は確実に可能かどうかといった懐疑の念、さらにわが国の厚生省「脳死の判定指針および判定基準」(以下「厚生省基準」)の妥当性に対する疑問も出されている。
そこで本稿では、現在までの脳死の概念・定義と脳死判定基準につき、誤解を生じやすい点について生物学的・医学的に解説する。
二、脳死の概念と定義
現在、世界的に最も広く受け入れられている脳死の概念は、全脳死wholebraindeathの概念である。ここでの重要点は、心停止による従来の「心臓の死」の判定でも同様であるが、これは臨床的に捉えうる脳の機能的死functionaldeathを意味し、決して全細胞死totalcellulardeathを意味しているのではないことを、十分理解しておく必要があることである。
この全脳死の概念は、一九八五年の厚生省基準でも採用されている。“脳死とは脳幹を含む全脳髄の不可逆的な機能喪失の状態である。”とするもので、一九六八年に(旧)日本脳波学会が提案した定義を


あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。


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あとがき


「脳死」という言葉を私たちが新聞などで目にするようになってからどのくらいになるだろうか。
このたび「脳死――私はこう思う」の編集作業の間にも新しい脳死臨調の会長が永井道雄氏に決まったり、島根大学で行われた生体移植の経過が発表されるたびに新聞のニュースとして報道されたり、各大学病院の倫理委員会に移植申請がだされたりしている。
医療現場では、臓器移植以外の治療方法がない患者を目前にしている医師の方々がおり、それを見守る患者家族がいる。
ただ、いわゆる一般の人たちは、あまり身近な問題として脳死を考えることはないような気がする。この企画を考えた第一の目的は、とにかく「脳死」というものを自分の身近な問題として考えていただきたい――と思ったからでした。そして、私たちがそれぞれいろんな考え方や感じ方をするように、医療現場の方々もいろんな考え方をおもちではないだろうか。法律的には「脳死」とはどういうことなのだろうか。宗教、倫理などの面から、それも学問として考える先生方と、宗教家の方々は「脳死」をどう考えているのだろうかなどなど。少し欲ばりすぎたくらいに各方面の先生たちのご意見をお聞きしたいと考えました。
幸い、こうした私たちの願いを多くの先生方に理解していただき、ここにこうして一冊の本としてまとめあげることができました。編集作業に多少時間がかかり、先生の中には、原稿を執筆してくださった時とは、多少ニュアンスのちがいなどもおありかと思いますが、お許しください。
ご執筆くださった先生方とともに、私たち編集部の願いでもある「脳死」について、まずみなさんに関心をもっていただくきっかけとして、この本がお役に立つことを願っています。
チーフエディター吉田惠子

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本の誕生秘話

●●●●●本の誕生秘話の中身●●●●●















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