第一章 病名「未分化小細胞ガン」
闘いの始まり
始まりは二〇〇〇年。二二歳の春だった。
胃の痛みと、背中のドーンとする重苦しさで眠れぬ夜もあり、近くのクリニッ
ク受診。最終的に胃カメラ、大腸バリウム、カメラの検査を受けた。
「腸なんて、ピンク色できれいなもんです。若いからですね。異常ありませんよ」
と言われ、本人は痛かったのを忘れてご満悦。
しかし、貧血だけはあったので通院治療。
そんな折。「ねェ。このグリグリってなに?」と、言われるままに左肩の上、
首の付け根辺りを触った。一つではなく、ゴツゴツと固まりの嫌な感触と同時
に、嫌な病名が頭を過ぎった。
内科から外科へ回されて検査を受ける。
七月三十一日(月)、ツベルクリン接種反応プラス。抗生剤を一週間服用。
八月五日(土)、結核反応あるも、X線マイナス。強めの抗生剤を二日間服用。
八月七日(月)、「るいれきですか」と、なんでこんな病名知ってるのか自分
でも不思議だったが、恐る恐る尋ねてみた。
「そういうこともあり得るなあ。でも、もう少ししっかり調べてみな分からんか
らね」
渋い声のT院長は、組織の生検をしたいとのこと。受診時間はとっくに終了し
てしまっていたが、即日、局部麻酔にて手術。
八月十六日(水)、生検検査結果。
「リンパ腫だな。それも悪いやつやなあ」
太い渋いその声は、地獄へのプロローグのようだった。続けられる説明を必死
に聞いた。
「ここではなんだから、O市民病院の副院長で内科部長のS先生に紹介状を書き
ます。それを持って早く診てもらった方がいいな」
帰宅後、さっそく日時確認の電話を入れた。S医師は火曜日担当になるので、
八月二十二日に来院せよとのこと。しかし、かれこれ一週間、なにもせずこのま
ま待っていてはいけない胸騒ぎがして、再度T院長に相談したかったが午後休診
にて連絡つかず、もどかしいまま次の日まで待った。
「S先生でなくても、話の内容は通じるからね。一日も早く診察を受けられた方
がいいですよ」
急性リンパ腫、一日も早く……、こんなことを私が聞き、娘の身に現実に起きて
いるなんて……。お盆なんだよ。ドラマじゃないし。
K医師との出会い
八月十八日(金)
O市民病院へ紹介状を持参した。沙恵子に不安はなさそう。私もこれから告げ
られるであろうことに対して、妙に落ちついていた。
副院長のS医師が、
「今年七月、名大より転任されたK先生です。リンパ腫の専門で、この辺りには
一〇名しかおられない先生です。若いけどね、立派な先生ですから。これから診
てもらってください」
と紹介されるや否や、K医師は、穏やかな声で自己紹介をされた。
「担当日じゃないですからね、こんな所で申し訳ないんだけれども……」と言いな
がら、診察室隣りの処置室にて、さっそく診察は始められた。
触診、血液検査、首・胸部・腹骨盤X線、エコー。あっという間にこれだけの
検査を回った。結果は、首以外にも腫瘍が認められ、八ヶ月の入院加療が必要に
なろうとのこと。
私と沙恵子が二人並んで長いすに座り、淡々とした表情で、時には笑みすら見
せながら、K医師の説明を聞く態度が腑に落ちなかったのか、
「お母さん、分かりますか? 悪性リンパ腫かも知れないんですよ」
今までの穏やかな声と変わって、大きな諭すような口調で言われた。
そんなこと、よく分かっています。それがどういうものなのかも、そして、ど
うなるかもね。でも今、あなたの前でお話を聞いているのは、私一人だけじゃな
いのです。娘の沙恵子が横にいます。私が取り乱したらどうなりますか。平常心
を装うしかないでしょ。
ふだんから敏感な子が、病いの中、一層心のアンテナを張り巡らしているに決
まっています。現に、沙恵子自身も、平常心でいるでしょ。本当はこの子不安で
一杯のはずです。
私への気遣いなのです。でもこれが自然体なのです。だから、私はその上をい
かなければならず、笑みも出るのです。私だって、沙恵子だって、泣いてどうに
かなるものなら、所構わず大声で大粒の涙を流して泣きたいです。
沙恵子の前では泣かないと決めました。私の面の皮は、誰よりも厚くなりました。
八月三十一日(木)
それからもたくさんの検査が続いた。
結果、腸間にも多数の腫瘍が認められるとのこと、春からの胃や背中の痛みは
これによるものだったのか。胃や腸のカメラでは、内部の病巣は分かっても、外
側のものだったので判断できなかったのが残念。しかも、リンパの異常は血液検
査中の二種類の数値に表われてくるものが多いのに、沙恵子の場合は、それが表
われてこなかった。三〇種類もあるリンパの中でも、普通と違う種類のものらし
く、治療経過を血液検査に頼ることもできないらしい。CTを撮りながら診てい
く方法をとらなければならず、かと言って、CTやX線も、そうそう撮れないの
で徐々に……とのこと。リンパの生検は、大きめのリンパ節を摘出したいので、全
身麻酔にて行なうとのこと。
この数日、毎晩のように夜中に背中・腹部・腰にまで痛みあり、
あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
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あとがき
今、正に病と闘っておられる方。或いは治療をしない選択をし、病と向き合い
ながらその時までを心穏やかに送っておられる方。
そしてそれぞれのご家族。また、健康体で全く病気などというものにご縁のな
い方々。
十人十様の人生がある中で、私は最愛の娘と二十五年で別れなければなりませ
んでした。
それが、長かったのか短かったのかは一概に言うことはできませんが、一つ確
実に思うことは、その二十五年間の一日一日の命が本当に輝いていたということ。
「明日への希望」も、もちろん大事なことだけれど、「今日を大切に生きる」と
いうことが、どんなに素晴らしく美しいことかということを教えられた気がします。
それがどんなに辛く苦しく悲しい一日であっても、頑張ったその先には必ず笑
顔がありました。
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