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【優良図書選定として指定を受けました】
科学とは該当する対象の変化についてなんらかの再現が可能なことを確認し、その結果を援用することによって次の変化を予想し得るようになることから出発して、その関係に定量性を導入することができるようになることである。つまり、これだけこうなれば、その結果どれだけどうなるかの因果関係を把握するようになり、更に、そのような関係をほかの事象と関連付けてゆくということによって知識はネットワーク化され、更に拡げられて知能になってゆく。連続体となり、予測ができるようになり、創造ができるようになる。

前書き 目次 70% あとがき

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Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved













 
         西澤潤一著





 強いい頭 速い頭


  教育という「複雑科学」




                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  まえがき

 私が教育哲学などという原稿を書くことは誰よりも私自身おどろいている。しかし、一応教育者の家に生まれ、学校教育を受けること十五年、その後は大学院特別研究生という妙な地位を与えられ、奨学金を受けながら研究と後輩の指導とに携わるという、教育を受けたのか教育したのか分からない五年間があって、助手一年一ヶ月、助教授八年七ヶ月、教授二十七年四ヶ月と、研究・教育に一生のほとんどを費やしたのだから、今やっている学長業を含めて、現場における経験や想念から教育について考えたことも決して寡くはない。
。     後略
























       目 次

 強い頭と速い頭――教育哲学
  まえがき ……………… 10
  1 遺伝・胎教と幼児教育 ……………… 12
  2 胎教 ……………… 16
  3 三つ子の魂、百まで ……………… 19
  4 守(修)破(敗)離 ……………… 23
  5 基礎教育 ……………… 25
  6 知識から智慧へ ……………… 30
  7 智慧と知識の拡大 ……………… 32
  8 自主性と人格形成 ……………… 33
  9 知識像と人格 ……………… 37
  10 ロマン ……………… 42
  11 教育の目的 ……………… 43
  12 小中学校教育 ……………… 50
  13 中・高等学校教育 ……………… 56
  14 教養大学 ……………… 59
  15 評価 ……………… 62
  16 終章 ……………… 62

 教育という「複雑科学」
  二人で生きる ……………… 66
  悪循環を断つ ……………… 67
  サイエンスとヒューマニズム ……………… 69
  能力の評価 ……………… 71
  倫理と論理 ……………… 72
  危機の時代 ……………… 74
  日本経済と科学技術 ……………… 76
  知らん顔の世の中 ……………… 77
  分業と平等 ……………… 79
  人間を守るための技術 ……………… 81
  責任感 ……………… 82
  男と女 ……………… 84
 「学ぶ心」と責任感 ……………… 86
  道義を見失う日本 ……………… 88
  絶対的向上 ……………… 89
  成功と失敗の分かれ目 ……………… 91
  藪蚊に思う ……………… 93
  もう少しの用心 ……………… 94
  信義を見失う日本 ……………… 96
  自己中心の社会 ……………… 98
  先輩の方々の御逝去 ……………… 100
  ペーパー・ドライバー ……………… 102
  研究者の「責任範囲」……………… 103
  研究者がなすべきこと ……………… 105
  トラブルへの対処 ……………… 107
  近ごろ感じること ……………… 108
  社会道徳 ……………… 110
 「安全の蓋」……………… 112
  経済の土台 ……………… 114
  二人のノーベル賞受賞者 ……………… 115
  評価の文化 ……………… 117
  責任追及と改革 ……………… 119
  ルイセンコの学説 ……………… 120
  周知度と実力 ……………… 122
  十年ぶりの沖縄 ……………… 124
  刹那主義 ……………… 126
  穴に蓋をする ……………… 127
  極限状態の地球 ……………… 129
  信じがたいミス ……………… 131
  言葉と実態 ……………… 133
  協力し合えない世の中 ……………… 134
  新しい研究分野への脚光 ……………… 136
  平和のための努力 ……………… 138
  言葉と論理的思考 ……………… 140
  人を動かす力 ……………… 141
  学問と謙虚さ ……………… 143
  個性を育てる ……………… 145
  セルビアを訪れて ……………… 146
  教育という「複雑科学」……………… 148
  子どもを育てる ……………… 150
  地震に思う ……………… 152
  ノボシビルスクで ……………… 153
  真の貢献とは何か ……………… 155
  才能の育成 ……………… 157
  競争心と向上心 ……………… 158
  実体のない経済 ……………… 160
 「サンドイッチ」から実力主義へ ……………… 162
  子どもたちの孤立 ……………… 164
  回避された電力危機 ……………… 166
  平凡なことこそ重要 ……………… 167
  研究のイベント化 ……………… 169
  陰の功労者 ……………… 171
  責任感の欠如 ……………… 173
  漂泊の民 ……………… 174
  批判と自己評価 ……………… 176
  失われる神聖さ ……………… 178
  謙虚であれ ……………… 179
  任怨分謗 ……………… 181

 ふるさとの心とその成果の世界への発信 ……………… 185

 あとがき ……………… 244

























 1 遺伝・胎教と幼児教育
 遺伝とはふつう染色体によって親から子へ伝えられる諸性質のこと、乃至伝えられること自体をいうのだろうが、染色体がその性質を持っているのに、子供に、すべてそのまま性質が顕れるかというと、必ずしもそうではない。
 人工授精によって増殖して来た朱鷺が再び自然の中で群を形成した時、自然に戻ってひとりでに増殖が始まるかということも、生物の知識と本能との研究には大きな示唆を与えると考えられた。本能であればひとりでに増殖が始まるだろうし、知識であれば野生の個体の行動を見て学習しなくては増殖は始まらない。
 実際には、両者が混在していると考えられることが、増殖を含めて動物の行動にあり、これが教育としての対象を決めている。
 知られている最も重要な事実は、猫の子の実験である。生まれたばかりでまだ眼の見えない猫の子の片目の瞼を縫って眼を閉じると、やがて縫っていない方の目が開くと共に視力が出て来て、片目で猫の子はほぼ正常に遊び始めるが、その頃を見計らって、それまで開いていた方の目の瞼を縫って、閉じていた方の瞼の糸を抜いても、猫の子は失明状態になるという。つまり、生誕後はじめて視力を得る時期に、光による刺戟を受けなかった眼は永久に視力を得ることができないということであり、精細な実験によってその時期は、目が開いてから僅か二時間であることが確定された。
 同じ実験で、円筒型の白壁の部屋に同じような猫の子を入れておき、視力が出てきたあと実験して見ると、白壁に縦線だけ引いてある部屋で育った猫の子は、縦方向の棒や線にしか興味を持たず、横線を引いた部屋で育った猫の子は横方向の棒や線にしか興味を示さなかったといいその後の体験によって能力を拡大することはできなかったという。猫の子は、首に枷を嵌められ、壁に対して傾かないようにして行われた実験で、この時猫の視神経には感光したとき電流が流れるというから、視神経から脳への間の処理認識の適応能力が、この時期の刺戟が特殊だったことによって限定されてしまったことを示している。つまり誕生後の僅かの時間が、その個体の生涯の能力を決めてしまっているという驚くべき事実である。
 別の実験にローレンスのあひるの実験がある。卵から孵ったあひるが、目が見えるようになって最初に見たものがローレンスの顔だったために、ローレンスは保護者と思い込まれ、彼の歩く後からあひるは列をなして、大きなお尻を振り振り後を追われる羽目になったというユーモラスな事件である。
 逆に、インドに於ける狼少年、狼少女事件も大変大きな示唆を我々に与える。狼に襲撃された部落で、何人かの赤ん坊が狼によって連れ去られ、その後なん年かして人間の社会に復帰した子供達が、狼社会で学習した習慣からなかなか抜けきれず、人間と馴染めず、生肉しか食べず、生肉を見るや唸り声をあげて、噛みつくという状態であったという。割り合い早期に人間社会に復帰した子供達は、宗教家の熱心な努力によってかなり回復できたものの短命であったと記録されている。
 いわゆる怎vリント揩ニいわれている現象であり、幼児期に頭脳や神経回路に刷り込まれた知識に基づく人間の行動は修正不能な、つまり本能的なはたらきを示すことになる。
 私の友人で中国人の御婦人と結婚した人がいるが、ちょうどよいからバイリンガルで教育しようということになった。男のお子さんだったが、三才くらいになった時、円形脱毛症に罹ったので早速カウンセラーのところへ相談に行ったら、いろいろと環境の説明をしているうちに、バイリンガルが原因だから、暫くの間どちらか一つの言葉にするよう指示された。友人の御両親を引っくるめて三対一なので当分日本語でいくことに相談が纏まった。その結果、僅か数ヶ月で脱毛症は完全に治癒したという。これで仮説は一応実証されたといってよかろうが、神経回路の形成は言語によるということになる。幼児期に使用した言語によって情報処理神経回路は構成が変わってくるということであろう。そしてできてしまうとなかなか変わらないと考えられる。
 概していえば、芸術工芸や体育などの分野では、幼年期までの教育が大きな効果を持つことが知られている。国技である角力などでは、二世力士が多く成功している事もその事例になると考えられるし、古美術を扱う人が、子に駄物を見せないで優品だけを見せた結果、子供が目効きになったと自慢していたが、これも、よくいわれている事例である。
 中国では、美術工芸や体技にかかわる職業を選択する子供達は小学校入学時に撰別されて、学校へ通いながら教育を受けていると聞いた。
 しかし、何かの折に触れて後年教育を受けて育成された能力と、幼児期までに育てられた能力とでは、深さが違って、弟子入りしてから付いた能力は、二世三世として、生まれながらにして育った能力にかなわないことは、まず疑う余地がないと思われる。もちろんこれにも個人差があって、成長後の教育であっても、生まれながらにして教育された特徴を越える根強さを持つことも紛れもなく現存することは容易に同意していただけると考える。
 ここで問題となってくるのは遺伝と教育の関係である。視覚に異常を持つ猫の子は、光の刺戟にあった異常さによって生じた。これは或る意味の教育効果である。しかし二時間の特定の時間帯に、どの程度かはまだ確認されていないが、刺戟を受ければ、従来通どおりの視覚を得ることができるが、これは遺伝によると考えてよさそうである。
 しかも、かなり残酷な実験であるが、猿の手指を切断除去したとき、脳の中のその指を掌っている部分は、漸次移動して、ついには消失し、隣の指を掌る部分に属することになるという。これは、MRIと呼ばれる極めて最近の高度技術を駆使して調べた結果わかったことで、神経そのものが移動するのかスイッチが変わるのかなど、色々と調べたくなることもあり、その結果得られるであろう新しい知識も少なくないだろうと思われる。これから見ても、動物の働きが広い範囲で、遺伝と教育によって資質が発顕し進歩していることは明らかであろう。
 新しく取得した資質が次の世代に遺伝するかという問題は、政治と絡んだために多くの悲劇を生んだ。全くないと考え、生物の長い間の進歩を、突然変異とその後の適者生存に帰してしまってよいのか、それとも或る程度遺伝するものなのかということである。先年逝去された水島宇三郎先生の怦齣緕G種米揩フ研究では細胞質を通しての遺伝が示唆された。

 2 胎教
 戦後、栄養がよくなった時、女の子の体格はすぐによくなったのだが、男の子の方はそれ程でもなかった。しかし、体格のよくなった女性が子供を産むようになって、はじめて男の子の体格がよくなったように感じたのだが、その的確な実例データがありそうに思うが、そう言ったものを引き合いに出さずにこんなことを言うのは哲学的でなく、誠にお目汚しな話だと自覚している。
 先年逝去された水島宇三郎先生が、雄性不稔つまり、花粉を出して雌蕊に付着させ繁殖を行う能力に欠陥があって、自家授粉のできない米の種子を発見されて、大騒ぎになったことがある。つまり、米の一代雑種を作って収穫と品質ともに優れた種を作るのに成功され、この種子が中国に贈呈されたが、更に米国の植物食品会社に渡って、工業化され、日本に上陸するだろうと言われたからである。
 しかし、水島先生から戴いたお電話では、先生のご興味は、例えばササニシキの雄性不稔を作ろうとすれば、現在の雄性不稔米とササニシキの雑種を作ると、まず半分だけササニシキ化された米ができ、この種子にもう一度ササニシキの花粉を付着させて次代を作ると、3/4はササニシキに近い米ができると言う。更に繰り返してゆくと、7/8、15/16、31/32……と本来のササニシキに近付く。これは細胞核を通じての遺伝ではなく、細胞質を通しての遺伝になっているとされた。
 メンデル流遺伝学では、父親母親、両者の特性が入り混じり、そして最後に、三種類の特性を持った子供ができる筈なのだから、白えんどう豆と緑えんどう豆からエメラルドグリーンのえんどう豆のできる筈はないのだが、このあたりも当代の遺伝という考えかたと矛盾していることをおっしゃりたかったらしい。
 いずれにしても、人間の持って生まれた能力とか素質というものは、全部が遺伝だと断言するのは少し危ないのであって、いわゆる胎教の中には、お腹の中の子供の機能発達に環境として影響するだけとは言い切れないものがあるということである。昔から借腹などと言っていたのが、実は染色体の半分が子供に提供されていたという事実に気がつかなかった。そして最近また、第三者の女性に依頼して受精卵を育てて産んで貰うことが行われるようになって来たが、もちろん安易な気持ちで実施しておられる方があろう筈もないのだが、果たして、機能発達の環境とだけ考えて充分なのかということは慎重に考えてゆく必要があろう。やがて、誕生した幼児と母胎母との肉体的比較などから、次第にこの関係は明らかになってゆくことであろう。
 何れにせよ、母胎中にある時から、子供は肉体的、精神的機能の構築を始めているのだから、母胎母の影響を深く受けている。そして、先に述べたように、肉体的に目が見えるようになった途端に見たローレンス先生を、保護者として一生つけ廻すことになったり、縦線しか見なかった猫の子は横線を見たときの脳の活動が全くと言ってよい程発達しなかったり、といった根本的とも言える機能が、場合によっては二時間というような極く短い間の環境で決まってしまっている事実がある。その間光を見なければ、生涯視力を得ることができないという厳しさである。
 
 3 三つ子の魂、百まで
 何気なく育てた子供は、乳幼児体験として周囲の影響を大量に受けながら成長している。大事に育てなければならないと、痒いところに手が届くように面倒をよく見てもらって育った子が立派になるかというと決してそうではない。生まれて数週間のうちに、寒い暑いといった不快な環境を体験していないと、一生我慢のできない人間になってしまうというデータが米国のサイエンテフィック・アメリカン(今日のサイエンス)に発表になったとも聞いている(未確認)。
 大変難しい問題であるが、少なくとも基本機能、趣好、感性などは乳幼児期、遺伝形質の上に形成されることは確かであろう。
 最近流行の美術品の鑑定で、私の知人は、「子供には、本当に価値のあるものしか見せません。幼いうちに駄目なものを見せると目が濁って本当によいものが分からなくなります」と言い、そのようにして長じたお子さん方の鑑識眼の方が自分より高いとよく自慢にしておられた。美的感覚も幼いうちに伸びることが多いようであり、長野県で幼児のヴァイオリン教育を実施され、多くの英才を育てるのに成功された鈴木鎮一ヴァイオリン教育も有名であり、それ以外では絶対に身につかない等々、多くの言い伝えとしての経験法則が伝えられていた。
 芸事を始めるのに、六才の六月六日がよいと言われて来たが、満年齢では四・五才になろうか。何れも芸術の分野での早期教育は昔から言い伝えられて来た。
 外国語は十三才までに勉強しないと上達しない、上達しても比較的低いところで止まってしまうともよく言われることだが、先に述べた、二つの言語を同時に教えることの危険性も考えれば、年齢などを参考にしてまずその国語を勉強させ、その上で次の言語を覚えさせる必要がある。まず日本語をしっかり教えなければ、頭の思考に論理性が伴わないので、充分論理的に矛盾のない言葉を使えるようにしておくことが肝要であろう。今のフィーリングで考えるなどと言われるような論理の通らない日本語を使っていれば、其の後、他の言語を使う時にも論理性はなかなか出てこないように思われる。
 従って「語学は十三才」というのにも、よく条件を揃えて成果が上がるようにする必要がある。見事な成果を上げられた陰山英男先生は、国語の教科書の音読を生徒たちにやらせ、計算問題は電卓などを利用せずに暗算でやらせる。人間は視覚によって知識を頭に入れるだけでなく、聴覚をも利用しているらしく、両方から入ることが特に効果的である。
 この時、人間の頭の中に思考論理回路が形成されてゆくと考えられることは前述の通りであるが、おそらく日本語で勉強するのと、他の外国語で勉強するのとは違う論理回路が形成される筈で、「学問の国民性」が出てくるものと考えられる。最近の日本人は劣等感を持っているから、日本語を骨格として作られた学問など憧れる気持ちにならないのかも知れないが、その実、充分に世界を感服させるだけの成果を上げて来たことを忘れてはなるまい。要は、現在、日本語の学習が足りないから、日本人の論理性に欠陥を生じているということに他ならない。
 さればとて、何でもかんでも暗記させてしまう現在の受験勉強教育が正しいかというととんでもないことで、考えることを拒否して暗記するが、パスカルの言う通りの恪lえる葦揩ナあるところの人間は、ひとりでに暗記を止めて考えはじめる。しばらくして、「しまった、予定に間に合わない」と思い直して再び暗記に突入するというプロセスを繰り返してゆくうちに、考えるという習性を失ったり弱めたりした若者が続々と上級校に入学して来るようになって来た。従って、何事も適量でしかも何を撰ぶかということが大切になってくる。
 昔は、四書五経であり、或いは経典であったが、これらは充分に人生の基準と考えて耐え得るものに絞られていた。そしてもちろん当初は意味も分からずに音読するだけであるが、その内ひとりでにその意味を考え出す。ここに一つの人生観を持つとき、その一部になり得る論理倫理を頭の中に持つこととなり、これが一生揺らぐことの少ない人間としての考え方まで植え込まれる一方、論理的な思考と相互に繋がってネットワーク化された知識、つまり智恵を持つということになる。



 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 


















 あとがき

  本書は国立大学の学生・教員・長としての体験を経て、岩手県立大学の創設から、学長としての任期七年になった(一年前)ところで、首都大学東京へ移るまでの体験と考えとを纏めたものであり、公立大学長としての立場に立って、信濃毎日新聞に週1回連載していただいたものをまとめたものが中央に入っている。
 前の部分はロゴスドン誌からのご要望で、私の教育哲学を書いたものである。特徴は、教育も科学的になっていなければならないということで、最近売れっ子になった川島隆太教授の、MRIを主力測定法とした脳の代謝を考える教育と、発達の研究と類似の展開をとることになると考えている。いろいろのハードやソフトの脳研究の成果は今後いろいろのかたちで教育のあり方に大きな指針を与えてくれることであろう。
 最後の部分は、退任が近づいたとき、岩手県の地域婦人団体協議会のご依頼をうけて、いわば纏め的お話をしたときのものである。

























 著者プロフィール

1926年仙台市生まれ。 東北大学工学部電気工学科卒。 東北大学総長、岩手県立大学長を経て、現在首都大学東京学長。 <主な著書> 闘う独創技術:日刊工業新聞社/愚直一徹 ―私の履歴書―:日本経済新聞社/西澤 潤一の独創開発論:工業調査会/「技術大国・日本」の未来を読む:PHP研究所/私 のロマンと科学:中央公論社/独創教育が日本を救う:PHP研究所/人類は滅亡に向 かっている:潮出版社/東北の時代:潮出版社/教育の目的再考:岩波書店/新 学 問のすすめ:本の森/背筋を伸ばせ日本人:PHP研究所/教育亡国を救う:本の森/ 日本人よ ロマンを:本の森/テラヘルツ波の基礎と応用:工業調査会





















本の誕生秘話

  時どき出席している「瞳会」という会がある。この会は実に多士済々というべき人々が集う。以前、「持っているだけで奇跡が起きる」の著者ともこの会で出会った。
ある日、席上、O氏が「僕の知り合いの西澤先生が石原慎太郎都知事に請われて、こんど創立される首都大学の学長になる。石原慎太郎氏に『私がもっとも尊敬する先生』と言われている人です」と発表された。驚いた私は直ちに氏の隣に席を移し、「O先生! 僕、西澤先生の本を出したい!」「ああいいよ」なんとまあ軽いご返事……。「こりゃダメだ」内心いささかの失望感を抱きながらも「ほんとにほんとにお願いします」
その後、案の定、お会いしても何のご挨拶もなし。やっぱりダメかあ……。
ところがところが……である。ある夜いきなり電話がかかってきた。「Oだけど、西澤先生がいま、都内のホテルに宿泊している。話は通しているから電話してみたら?」寝耳に水とはこのことか……。
電話にかじりつきルームナンバーを告げる。聞こえてきた野太い声にいささか戸惑いながら、生来の厚顔ぶりを発揮しつつ執筆依頼をした。 「ああいいですよ、Oさんから聞いています。やりましょう」いやー嬉しかったー。まさにものは言ってみるものだ……との感を深くした。























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