第二次世界大戦後の国際経済秩序づくりは、ブレトンウッズ体制(Bretton Woods system)の下で、国際収支の面は「国際通貨基金」(IMF, International Monetary Fund)が、開発金融の面は「世界銀行」(World Bank)(以下、「世銀」)が、国際自由貿易の面は「国際自由貿易機関」(ITO, International Trade Organization)が担うという形で構想された。IMFと世銀は、一九四五年一二月に発足した。しかし、ITOは、設立条約(ハバナ憲章)の発効に必要な批准数が集まらなかったために、流産してしまった。
このため、ITO発足までの暫定取極めとして、一九四七年に結ばれた「関税および自由貿易に関する一般協定」(GATT, General Agreement on Tariffs and Trade)が、その後における国際自由貿易を律する基本的な法的枠組みとして機能してきた。こうした暫定的な性格の故に、GATTは、正式な国際機関ではなく、単なる締約国の集団 ・・「締約国団」(Contracting Parties)と呼ばれた ・・ にすぎなかった。GATT事務局も、「ITO暫定委員会」(ICITO, Interim Commission for the International Trade Organization)の事務局を、GATTの締約国団が借用する形をとってきた。