論語と孔子 論語は孔子のすべてか 論語を正しく 論語を現代に

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快挙!! 日本図書館協会選定図書に選定さる
─人間孔子を描いた本では最初の選定を受けた本─
いま中国が“旬”である。最もおもしろい時代である。東欧やソビエトの共産主義体制はアッという間に崩壊してしまったが、中国はなおも輝きつづけている。 小平の経済解放政策の下、日々発展しているのだ。そこには青年の輝きがあり、ツヤがあり、ハリがある。中国のエネルギーはもの凄い。黄河や長江のような悠久な流れ、即ち長い“伝統“に支えられたものなのだろう。

前書き 目次 あとがき

本文70% 感想BBS 著者profile
Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved













 
         戸来 勉 著





 新 孔子に学ぶ人間学





                                   明窓出版



















  推薦文

孔子77代直系子孫  孔徳懋女史
現代中国で5年5カ月を費やして、初めてテレビドラマ化された一人の人間“新孔子の生涯”を日中国交回復25周年記念に日本の読者に伝える著者の志を読んでほしい。

早稲田大学総長  奥島孝康
苦労人、孔子の生涯をわかりやすく表現。失敗の苦しみをなめつくしながらも、決して運命に屈する事なく、自己の理想を求め続けた不撓不屈の孔子の生き方に、激動の現代にこそ、学生や、ビジネスマンが学ぶ必要がある。人間孔子を知ることによって、あなたもきっと生きるのが楽しくなる。


































   まえがき

 いま中国が”旬“である。最もおもしろい時代である。東欧やソビエトの共産主義体制はアッという間に崩壊してしまったが、中国はなおも輝きつづけている。 小平の経済解放政策の下、日々発展しているのだ。そこには青年の輝きがあり、ツヤがあり、ハリがある。中国のエネルギーはもの凄い。黄河や長江のような悠久な流れ、即ち長い”伝統“に支えられたものなのだろう。
 一九九二年の二月、私は中国を二度訪問する機会に恵まれた。以前に三度訪中の経験があるが、この時も多くの人々との出会いがあった。
 二月の初め、青島で俳優の王絵春さんと知り会った。山東テレビ局と済南テレビ局との共作で、彼を主人公(孔子)にして、十六回のテレビドラマ「孔子」が作られたという。      後略

























      ◎ 目 次 ◎


    第一章 母の愛に育まれて
     1 めかけの子 ………… 26
     2 貧困の中で \\孔子のアルバイトはじまる\\ ………… 29
     3 十有五にして学に志す \\学問の喜びと苦しみを自覚する\\ ………… 32

    第二章 逆境に耐えて
     1 両親を合葬する \\孝の道\\ ………… 36
     2 身分の低さを馬鹿にされる \\季孫氏の宴会\\ ………… 39
     3 成人して職を得る \\季孫氏の委吏\\ ………… 42
    第三章 三十にして立つ
     1 鯉のおくりもの \\男子誕生\\ ………… 48
     2 庶民に教える ………… 52
     3 自分の学問が認められて \\斉の景公に謁見\\ ………… 55

    第四章 庶民教育に燃えて
     1 学校をつくる ………… 61
     2 学校の評判 \\賛成派と反対派\\ ………… 66
     3 弟子のけんか ………… 68

    第五章 老子との対話
     1 周の都への旅 ………… 72
     2 権力闘争激発 \\闘鶏の変\\ ………… 80
     3 隠居しなさい \\老子の忠告\\ ………… 82
    第六章 孔子、斉にゆく
     1 地位と財産について ………… 88
     2 高張の家臣となる ………… 92
     3 功利主義者「晏嬰」との対話 ………… 100

    第七章 「仁」「礼」「中庸」
     1 娘の結婚 \\相手は入れ墨者\\ ………… 108
     2 季氏のおごり \\八 の舞\\ ………… 115
     3 陽虎の誘い \\孔子を利用しようとして\\ ………… 117

    第八章 天命をさとって
     1 乱世を救う \\行政長官となる\\ ………… 124
     2 斉の景公の悩み \\魯を属国にする謀略\\ ………… 131
     3 孔子の度胸、殿さまを救う ………… 135
    第九章 孔子の戦い
     1 三都を堕す \\孔子の考えた反乱防止策\\ ………… 142
     2 公山弗擾、叛く \\孔子の活躍\\ ………… 146
     3 垂形の城壁 \\弟子、従わず\\ ………… 149

    第十章 女色に溺れた定公
     1 斉からの贈り物 \\美女と文馬\\ ………… 154
     2 郊祀の祭り \\配られなかった焼き肉\\ ………… 161
     3 孔子のうた \\魯を離れる ………… 166

    第十一章 衛の国にて
     1 多額の俸給を約束される………… 172
     2 なぜ任官されないのか \\南子夫人のさしがね\\ ………… 177
     3 孔子危うし! \\悪人と間違えられて\\ ………… 181
    第十二章 衛の悪女、南子夫人
     1 孔子、馨をたたく ………… 188
     2 南子、孔子に悩みを告白 ………… 192
     3 孔子に恥をかかせる ………… 197

    第十三章 宿なしの迷い犬
     1 司馬桓 、孔子暗殺を計画 \\大木の下での礼の練習\\ ………… 202
     2 不遇の中でも自信 \\三年にして成る有らん\\ ………… 207
     3 流浪の中で故国を憶う \\帰らんか帰らんか\\ ………… 210

    第十四章 わが道を行く
     1 凶とでた占い ………… \\隠遁しなさい\\ ………… 216
     2 君子、固より窮す \\弟子の疑問に答えて\\ ………… 220
     3 もう、おやめなさい \\狂人のうた\\ ………… 223
    第十五章 長い遍歴のあとに
     1 故国へと帰る \\国老となる\\ ………… 228
     2 弟子を批判する \\増税に反対\\ ………… 233
     3 永遠の別れ \\息子の死と子路の仕官\\ ………… 237

    第十六章 悲運の最晩年
     1 最愛の弟子の死 \\顔回死す\\ ………… 242
     2 我が道窮まれり \\『春秋』の編纂\\ ………… 245
     3 失意の中で \\子路の戦死\\ ………… 249

    あとがき ………… 254


























    第一章 母の愛に育まれて






      1 めかけの子


 孔子の遠い祖先は、宋という国の王であると言う。しかし、それが確かなことであると
は考えがたい。日本では、その昔、家系を源・平・藤・橘といった名門にむりやり結びつける傾向があったが、中国も同じであり、名門の末裔と称することは少なくなかったようである。孔子の場合は、加えて、偉大な孔子の先祖は偉大であるべきだという後世の思想も影響していよう。「宋国の王の……」という家系は、いかにも作為的といった感がある。
 もちろん、ある程度の家柄ではあったのだろうが、孔子の祖父の代あたりには、もうだいぶ落ちぶれていたようだ。
 孔子の父は、名を 、字を叔梁といい、武功をたてて魯国(現在の山東省泗水県の東)
の大夫にまでなった人物である。 は魯の国の施氏の娘と結婚して、九人の女の子を設け
た。なぜか男の子に恵まれなかったのである。そこで妾を持ったところ、男の子が生まれ
た。字は孟皮(あるいは伯尼)という。待ちに待った後継者誕生! わが世の春、というところであるが、そうはいかなかった。この男の子は足が不自由だったのだ。当時の社会では、この子は後継者には向かないと見なされたのである。
 六十を過ぎた孔 は、顔氏の娘をもらいうけたいと願い出た。当時の六十才といったら、それこそ立派な老人である。今日で言えば八十才位の感じであろうか。
 顔氏には三人の娘がいたが、長女と次女は孔家にとつぐことを嫌がった。
「なんで私が、よりにもよってそんなおじいさんのところに行かなければいけないの?」
そこで末っ子の徴在のところにお鉢が回ってきたのである。
「お父さまの仰せに従います」
 従順な徴在は、父の命に従って の妻となった。

 紀元前五五一年、時は春秋時代の末期、孔子は山東省の昌平郷陬邑というところに生まれた。生まれながらに、頭頂がくぼんで、まわりが高くなっていたため、丘のようだというわけで、「丘」と名づけられた。母徴在が、「尼丘山」という山に祈ってみごもったからだとも言われている。
 これは、唐の詩人李白(字は太白)の母親が、太白星(金星)を夢に見て、李白を身ご
もったことから、名を「白」(太白星の白)、字を「太白」とした話に似ている。
 孔子は頭の頂がくぼんでいて、まわりが高かったという。おそらく額が張り出していたのであろう。脳生理学的に言うと、これは前頭葉の顕著な発達である。そのような人は、とりわけ音楽や語学の才能があると言う。
 事実、孔子は音楽に才能を示し、また『詩経』を編集したのであった。音やコトバに敏感だったと言える。孔子の特異な容貌の伝説は、真を伝えるものと考えてよいであろう。
 司馬遷は『史記』の中で、 が顔氏の娘と野合して孔子を生ませたと記している。野合
とは正式の手続きを経ずに結婚するという意味であろう(おそらくは徴在があまりに若く、
 は高年齢なので、その結婚は当時の礼に合わず妾として孔家に入ったのだろう)。
 孔子が三歳の時、父 は亡くなった。母徴在は幼い孔子を連れて陬邑を去った。そして、魯の都、曲阜で女手一つで孔子を育てたのである。



     2 貧困の中で\\孔子のアルバイトはじまる\\

 紀元前五三七年、孔子は十五歳になっていた。天下は王室の力が衰え、諸侯が覇を争う
ようになっていた。王の傀儡化である。諸侯の国内では、大夫が権力を握ったり、陪臣(大夫の家臣)が政治を牛耳っているありさまである。
 魯の国では、季孫氏・孟孫氏・叔孫氏という三大貴族即ち三桓氏によって政権は掌握さ
れていた。当時の魯王は昭公であったが、暗愚の王であったと言う。
 国内では、このような状況を「礼崩楽壊(礼崩れ楽壊れる)」と嘆く人もあり、また一方季孫氏の政治能力を評価する人もいた。いずれにしても、この混乱を収拾する指導者の出現が望まれていたのである。
 その頃、孔子の母徴在は、息子丘を教養のある立派な人間に育てあげようとしていた。朝から晩まで機織り仕事。生活は貧しく厳しかった。母は強し、である。
 偉人は、往々にして恵まれない環境から出るものである。ソクラテスは石工の子、シャ
カは生後七日で実母と死別。そう言えば、孔子の思想を継承した孟子も母子家庭の出身、みな若労をバネにして偉くなったのである。
 孔子は母の若労を見て育った。そして自分も家計を助けようと働きはじめた。葬式の手
伝いや音楽の演奏をして、お礼の干し肉を手にした。今でいうアルバイト。後年、孔子は
回想して言う。
 「私は若い頃、身分が低かった。だからつまらぬことが、いろいろできるのです」
 母徴在は、息子のアルバイトに反対だった。父 が亡くなる時、丘は偉大なる志を持つ
男になってほしいと遺言していたのだ。ところが今、息子はお礼の干し肉をもらって喜ん
でいる。これではいけない。母は、 の位牌の前で、息子に亡き父の遺言を伝えるのだった。位牌の傍には、青銅の剣が飾られていた。 が大夫をしていた頃に身につけていた形見の品である。
 母は、息子に正式な学問を受けさせようと考えていた。当時、魯には大学者左太史がい
た。母は、息子を左太史に入門させたいと、冉夫子なる人物に相談したが……、
「丘くんは確かに聡明で学問好き。しかし、故郷陬邑を離れてしまっては、もはや 大夫
の後継者ではありません。左太史は人の身分やその本分を重視なさるお方。平民同然の丘
くんではねえ……」
とけんもほろろ。しかし、そこは息子の将来を思う母の一念。丘が大夫 の実の息子であ
ることを、左太史に説明してほしいと再三たのみこんだ。
 「それでは、丘くんを門外の弟子として教えていただけるよう、左太史に頼んでみます」母徴在は、左太史を説得するという約束を冉夫子からとりつけたのだった。

 ある日、孟皮が車に乗って丘の家にやってきた。父 が丘に与えた青銅の剣をもらいた
いというのだ。
 「もし父上の剣を佩びることができれば、亡き父上の名声によって、


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 

















    あとがき


 日本はバブル崩壊以後、景気低迷・リストラ・就職難・円高……と予測のつかない厳しい状況が続いている。経済だけではない。政治は混乱、学校ではイジメ、街では人々の道徳心の低下、ホームレス増加……と問題は山積している。これから日本はどうなるのであろうか。どこへ行こうとしているのか。誰しもが決して安閑としてはいられないのだ。
 失敗の苦しみをなめつくしながらも、決して運命に屈することなく、自己の理想を求めつづけた孔子。我々は”人間孔子“に学ぶことが多いように思う。
 アジアの経済繁栄のバックボーンである儒教思想は、政治の、社会の、道徳の基礎でもある。    後略
























 著者プロフィール

戸来 勉

1953年十和田市生まれ。早稲田大学卒業。早大「雄弁会」幹事長。
(社)日本証券経済倶楽部入社、89年(平成元年)昭和天皇「大喪の礼」に招待を受け参列。学生時代にベトナム・カンボジア難民救援の国際ボランティ活動以来、20年間青少年国際交流や社会教育活動に取り組む。96年、第41回衆議院選に出馬。
この間、十和田青年会議所理事長、青森県青年の船特別団員、総務庁青年の船ナショナルリーダー、県私立幼稚園PTA連合会副会長を経て、現在(財)日本友愛青年協会評議員・友愛青年連盟中央常任委員長・同十和田支部長、(社)中央青少年団体連絡協議会理事、十和田おいらせライオンズクラブ会長、十和田商工会議所議員、戸来政経教育研究所所長。
著書「世界を駆けて」(十和田文化新聞社)
  「偉大なるアメリカが見えてきた」(ぱる出版)
共著「ヨーロッパ統合の時代」(北の街社)






















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