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老春快快・自適なライフ。ユーモアとウイットに富んだスピード感のあるエッセイが、すべての年代を魅了する。
 最近、日本人の人相がだんだん悪くなってきているのではないだろうか。テレビで政治家の顔をみていて、同じアジア人でも中国、韓国、北朝鮮、東南アジア等の各国の指導者の顔の方が何となく、おおらかで悠然としている。日本人には落ち着きがなく、なんとなくそわそわしている感じだ。これから日本人の顔は次第に、奇妙奇天烈な顔になって行くのではないかと心配される。
 男女を問わず小、中学生の頃からもう眼鏡をかけて、大人のように眉間に常に皺をつくり、笑顔も自然の笑いでなく、なんとなく冷たい人工的なつくり笑いの顔になっているような気がする。

ホームへ 目次 本文70% あとがき

著者profile














 
         仁志内 慶 著





 七十歳の生活発信


 老春快快・自適なライフ




                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  まえがき

●●●●●まえがきなし●●●●●

























      目 次


  生活
    ボンベイ空港の熱い夜 ………………………………7
    いびき …………………………………………………12 
    囲炉裏 …………………………………………………17
    還暦記念同窓会 ………………………………………20 
    校長先生 ………………………………………………24
    馬のしっぽ ……………………………………………29
    ホールインワン ………………………………………33
    趣味はG・M・G ……………………………………37
    石と水 …………………………………………………41
    アホー汁 ………………………………………………44
    約束 ……………………………………………………46
    間違えた部屋 …………………………………………48
    姿見 ……………………………………………………53
    昭和八年の頃 …………………………………………57
    トイレの思い出 ………………………………………61
    スペインの生活体験 …………………………………66
    贈呈本 …………………………………………………71
    年賀状 …………………………………………………75 
    ふるさと ………………………………………………78
    口べた …………………………………………………83
    ドブロク ………………………………………………88
    ヘンドウ ………………………………………………91
    パンツ …………………………………………………96
    一番電車 ………………………………………………102
    老化のあしおと ………………………………………107
    二度目のホールインワン ……………………………112
    定年ブタのなりふり …………………………………116
    「慶」の字 ……………………………………………123
    平成五年の夏・異変 …………………………………128
    定年退職・それから …………………………………132
    定年退職のY君へ ……………………………………136
    雑草庭 …………………………………………………143
    ダンス教室 ……………………………………………145
    書道教室 ………………………………………………149
    川柳教室 ………………………………………………155

  意見
    老人健康診査 …………………………………………163
    農村タクシー制度 ……………………………………168
    ビルの表示 ……………………………………………171 
    匿名投書 ………………………………………………173
    託老所 …………………………………………………176
    ヌード写真 ……………………………………………179
    金玉にぎり ……………………………………………182
    おばちゃま族の後背事情 ……………………………184
    郵便番号の七桁化 ……………………………………186
    人相、顔相 ……………………………………………188
    セカンドハウス ………………………………………190
    シンボルマーク ………………………………………193
    
  あとがき ……………………………………………………196


























   ボンベイ空港の熱い夜






 「わたくし、押尾くに子と申します。言いたくはないけれど、お相撲の押尾川部屋の押尾と同じ字です。どうぞよろしく」とニッコリ笑って自己紹介。彼女は、これから二十六日間のスペイン旅行に出発するツアーの添乗員である。
 推定年齢二十五歳。丸顔、ふとってはいるが顔立ちは結構、美人の部類。
 後でわかったことだがまだ独身。ハワイ大学の出身だそうで、底抜けに明るい。
 父親が外交官だったため、子供の頃から世界各国をまわり、外国語はどこの国にいっても自信があると、彼女自身が豪語していた。
 とにかく陽気で、どこかユーモラスなところがあり、彼女がいるところ常に笑い声が絶えなかった。
 色白の細身の美人だったら、誰しも少し気取るところかも知れない。
 ところが彼女は幸か不幸か、色黒のおデブちゃん。
 なりふりかまわず、馬力で突進する力士のようなタイプ。それがよい。
 子供のように、無邪気なところがあるかと思うと、一歩も退かぬ押しの強さも持っていた。
 いよいよ我々を乗せたイベリヤ航空機は、ほぼ定刻に成田をたって、スペインのマドリードへと向かったが、途中インドのボンベイ空港に、給油のため一時着陸した。
 ところが、ボンベイを朝の八時に飛び立って約一時間後、機体故障のため再びボンベイ空港に引き返した。
 さあ、それからが大変。万事のんびりしたインドのこと。故障修理は、意外に時間がかかるらしい。フライトは翌日になることがほぼ確実になったとの情報である。それではここで一泊しなければならないと、途方にくれる我々のグループ。
 添乗員がついていないため、どうしていいかわからず、ただ呆然と立ちつくす他のツアーの方達。
 其の間、彼女は空港の係員と一人で、交渉していたらしい。「あなたは素晴らしい男っぷりだ。最高の紳士だ。ついてはボンベイ一のホテルを手配してほしい」などと適当におだてながらねばったそうである。
 交渉をうまくまとめると、添乗員のついていない数組の他の団体組も一緒に、引き連れてバスに分乗、市内のホテルへと向かった。
 大丈夫よ、安心して≠ニ彼女は相変らず陽気で落ち着きはらっている。
 添乗員の押尾さんが、もう神様のように輝いて見えた。
 我々グループを除いて、他の方達は十日前後の日程でヨーロッパをまわるツアー組だ。思いがけずここで混成軍となってしまった八十人ばかりの団体客は、すっかり彼女一人に、すがり切った感じであった。
 ようやくホテルへ着くなり、彼女は東京やヨーロッパ各地へ、事故による予定時間変更の、電話連絡でもうてんてこ舞い。そしてまたバスで一緒に連れて来た大勢の他のツアー客の部屋の割当ても、彼女一人が取りしきった。女性の一人客は、十人ばかりいたがすべてうまくペアが組めたようだ。
 男性の一人客は僕だけで、ほかはすべてペアである。だから一人部屋が必要だった。
 やっと部屋の割当てが決ったようだ。
 僕は自分の部屋番号を聞くと、部屋には行かず、そのまま街に見物に出かけた。
 三時間ぐらい、一人でぶらぶら歩きをして帰ってみると、どうした事か僕の部屋は、他のツアーの中年夫婦がすでに入っている。
 驚いて押尾さんをさがした。彼女はまだ玄関の横の部屋で、電話をかけまくっていた。
 彼女は「あら変ね! 一寸調べるから待ってて」。やがて「困ったわ! あなたのお部屋はほかの方とだぶっていたの。わたくしの大ミスよ。ホテルはもう満員で、どうにもならないらしいのよ。困ったわ! すみませんけど取りあえず私の部屋で、休んでいてくれる。お願い」と言われた。
 僕は内心、シメたと思いながらも、ここは一瞬驚いた表情をつくった。「えっ、僕はいいけどあなた大丈夫」と念を押した。「大丈夫よ、平気」と彼女は事もなげに言い放ちながら、僕の眼をジッとみつめた。
 きっと僕の足腰のブレ具合から、人畜無害の老人とみてとったのかも知れない。
 カギをもらって、とにかく言われた番号の部屋に入った。
 荷物が無造作に、投げ出されている。
 彼女は、もうシャワーを浴びたらしく、水滴が壁面をなまめかしくぬらしている。
 洗濯された下着類が、室内に張ったロープに無造作に干してある。パンツやブラジャーも、ぶら下がっているようだ。
 彼女との相部屋という、かつて経験したことのない出来事に、僕は胸のときめきを覚えた。
 事態は、一体どう展開して行くのであろうか。久しぶりに感ずる、男の興奮と不安。
 部屋には立派なベッドが、二つ置いてある。
 疲れていたので、奥の方のベッドですぐ横になった。でも落ち着かない。
 全く予想もしなかったボンベイで、過ごすホテルの一夜。果して無事に明けるであろうか。
 たくましい彼女の姿態。いかにも陽気なハワイアンといった感じ。成熟の二十五歳が眼の前にぶら下がっているのだ。
 魔がさすか、ささないか。妄想はたくましく、そして果てしなく続く。ベッド上に輾転反側。
 運命の時間が、刻々と迫ってくる感じだ。
 さすがボンベイは暑い。外は強烈な太陽が地面を、溶かさんばかりに照りつけていた。
 冷房があまり利いていないようだ。
 たまりかねて僕は二回、三回とシャワーを浴びた。そのたびに、ロープにつるしてある彼女の下着が、なまめかしくまぶたを打つ。
 妄想ばかりが頭の中を、かけめぐっているうちに、時計はやがて十八時をまわった。
 その間、彼女は一度も部屋に帰ってこなかった。恐らくまだ玄関ロビーで、電話連絡に追われているのだろう。
 僕はたかぶる気持を、じっとおさえながらテレビで気を紛らしていると、突然電話のベルが鳴った。
「飛行機は、今晩中にフライトできることになった。十九時三十分にホテル玄関前に集合。二十時にバスで、ボンベイ空港に向け出発する」という連絡である。万事休す。あっけない幕切れ。
 暑い、熱いボンベイ空港の夜であった。

   いびき

 十五年ほど前、ふるさとの土佐に旅行したときの事である。
 日曜日に、東京に帰ってくる予定がつい遊び過ぎて、月曜日に帰る羽目になってしまった。高知駅前の小さいホテルに一夜の宿を取った。
 女中さんに、朝六時にここを出て、一番の上り特急に乗る予定だから朝食は要らないが、玄関だけは、開けてくれとたのんでおいた。
 夕食を終わると、夜のうちに勘定も済して早目に床に入った。
 疲れていたので、良くねむったせいか、すぐ朝が来た。
 さて、予定の時間に玄関に出ようとすると屈強な、二人の男が立っている。
「高知署の者ですが、昨夜このホテルで盗難事件が発生したので、ちょっと所持品の検査をさしてもらいます」と突然告げられた。
 私服のデカである。断るには相手がわるい。
 しかし時間がないので私はやきもきした。
 早く検査をしてもらわないと列車に乗りおくれる。そこですばやく、旅行カバンをひらき大小の持物一切を、玄関にぶち開けた。
 少々頭にきたので、とっさに洋服も下着も脱ぎ捨てて、パンツ一枚になり、さあどうぞ調べて下さいと言わんばかりに、開き直った。
 そこへ昨夜の女中さんが、やって来て大声で言った。
「ああこの方は大丈夫です。私が夜中に二回見回りしたけれども、二回とも物凄い、いびきをかいて寝ていましたから絶対大丈夫ですよ」と自信溢れる証言をしてくれた。
 このいびき証言に、刑事の顔が少しゆるんだような感じがした。
 ふと一人の刑事の顔を、よく見るとどこかで見覚えのある顔である。
 ひょっとしたら、小学校時代の同級生のO君ではないだろうか。
 恐る恐るたしかめてみると、やっぱりそうだった。「なんだお前か、おどかすなよ」と僕は、名刺を渡しながら不満をぶっつけた。
 四、五分で無罪放免。もう少しで上り特急に乗りおくれるところだったが、危いところですべりこみセーフ。
 車中でゆっくり、彼がくれたいかめしい捜査課・警部補と肩書のある名刺を、眺めながらそして彼女のいびき証言に感謝しながら土佐路をあとにした。
     ×  ×  ×
 昭和六十二年三月、私はスペイン二十六日間のツアーに参加した。スペインの南端マラガ市近くに、ミラフローレスという町とも村ともつかぬところがある。
 ここに長期滞在して、スペインの生活体験をする旅である。
 そこは、コスタ・デル・ソル(太陽の海岸)と呼ばれる地方で、地中海に面してまことに景色がよい。晴れた日には、ジブラルタル海峡からはるかアフリカ大陸までくっきりと望まれた。私は何年ぶりかで海に入った。
 まぶしい太陽を浴びながら、美しい地中海にヘソを洗って満足したのだった。
 この地方は、最近国際的リゾート地域としての開発が急ピッチで進められ、海岸線に沿って、万里の長城のように、中高層或いは、二、三十戸単位の低層の白っぽいマンションが延々と連なっていた。
 旅行中は、海岸沿いにある一つのホテルにみんな一緒に、滞在することになっていたが、行動は各自の自由になっていた。
 しかし殆どの者は、現地でオプショナル・ツアーに参加して、一緒にスペイン各地の有名な史跡や町、ポルトガル、モロッコなどへの小旅行を楽しんだ。
 そして二十数日間のミラフローレスでのホテル生活は、あっという間に終った。
 いよいよ帰国の日、マラガ空港に向かうバスの中で、同行のMさんという女性から、「悪いから今までだまっていたけれども、あなたのいびきって凄いわね!」と言われた。
「なんだって、僕のいびきが大きいか、小さいか、一緒に寝たこともないのに、わからないでしょう。何か物的証拠でもあるの」と僕。
 一ヶ月近くも、団体旅行を続けていると、いつの間にかこんな冗談が平気で言えるくらい、親しくなっていた。一人で参加していた彼女は「ホテルで最初の一週間は、気味が悪くて眠れなかったの。それで朝十時頃、メードさんが隣りの部屋のドアを開けて掃除をしているとき、そっと部屋を見せてもらったところ、壁一つへだてて枕をつき合せた形で、ベッドが置かれていたので、あなたのいびきだとわかったの。それにしても、うなるような吼えるような凄い、いびきだわ」と言った。そこまで言われると、僕も弁解の余地はないような気がする。「慰謝料いくら、ペセタの残りで払わさして貰うよ」と僕。
「いいのよ。一週間ぐらいたつと、今度はあなたのいびきを聞かないと眠れなくなったの。いびきが聞こえだしてくると、私も安心して眠れるようになったの」と彼女。
「そうでしょう。やっぱし。それでは慰謝料とその安心料で、プラマイゼロで手を打ちましょう」と僕。二人は大きく笑い合った。
 ちなみに彼女は独身で四十歳位。テニスの全日本女子アマチュア選手権大会で、優勝したこともあるとか。
 明るいスポーツウーマンであった。
 それにしても、あの頑丈なホテルのコンクリートの壁を通して、隣の部屋のいびきが果たして聞こえるものかどうか、今でも疑問に思っている。
 楽しい思い出の多かった、あのスペイン旅行から、早くも数年の歳月が流れた。
 時折いびきの一件を、悪夢のように快夢のように思い出す。


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 


















    あとがき


 定年退職して十五年が、脱兎の如く過ぎ去った。満で七十二歳になった。「古稀が関」は一応越えた。「ころぶな、風邪引くな、義理を欠け」は老人憲法の三原則。日頃これだけは十分気をつけている。あと一つ加えるなら「無理するな」ということか。
 小学校の頃、綴り方を大いに苦手とした。
ボクワアサオキルト、カオヲアラッテゴハンヲタベテウンコヲシテ、ソレカラガッコウニキマシタ。オワリ≠アれが僕の綴り方の原型スタイル。先生はそんなわかりきった、あたりまえの事は書かなくてよろしいと言った。上手な生徒の文は、時々教室で先生が読んで披露した。僕の文はその栄に浴した事は一度もない。花笑い鳥歌い、野も山もらんまんの春一色≠ニいった式の美文調が苦手。     後略
























   著者略歴


  仁志内 慶(にしうち けい)
  本名 西内慶意.一九二六年高知県生まれ。
  中央大学法学部卒業・元地方公務員一九八四年定年退職。






















本の誕生秘話

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 読者感想文

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