落合恵子推薦

「楽しくて、また、かなり憂鬱な選考をいま終えたばかりだ。が、実際はまだまだ迷っている。どの作品も、内側からぽっと灯りが点るような味わいがあり、『選ぶ』ことの難しさと責任を痛感している。」

またまた爆笑、感涙、ほのぼの、わくわく、しみじみ、公憤、懐古、望郷の、胸を打つ珠玉のエッセイ集。

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         「私のふるさと文庫」編





 ハリエンジュの湖畔


 一頁のふるさと 第二集




                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  まえがき

●●●●●まえがきなし●●●●●

























      もくじ


親父
  川辺峠                       東  洋司
  父の川                       太田 幸子
  時雨故郷                      坂岡 嘉代子
  ドンコと親父                    工藤 矩弘
  父の声が聞こえる町ナガサキ             上原 順子
慕情
  駅                         望月 玉代
  桜島                        中村 恵子
  私が帰るところ                   石上 ふさ子
  ハリエンジュの湖畔                 杉本 龍子
人情
  揺れた街と揺れない心                澤井 夕貴
  心に残る町,長田                  浜  勝江
  頑張れ桂馬                     鈴木 秀夫
  盆屋台                       平緒 宣子
  お好み焼きやのお姉ちゃん              山本 由美子
  もんじゃ焼き                    喜来 玲子
  ふるさとは深川                   柚原 君子
香り
  こぶし咲く村                    立岩 二郎
  ふるさとの香り                   浅野 憲治
  あけびのふるさと                  外村 吉淳
  ナンコ                       平城 美智子

  ふるさとの音                    園田 婦美子
  ジンタの響き                    山田 冶
  消えたふるさと                   ハルミ ウィルソン
  芽降ろし                      夏  圭一郎
  エールの警笛                    中田 千代
  隠れた音                      岩田 彰峰
風景
  ガキ大将                      永井 久雄
  閻魔と赤飯                     吉田 加枝
  マツカチンは今どこに                神田 卓哉
  ムツゴロウの海                   立道 千晃
  海女の町おんじゅく                 旭  千代
  何もない町                     相沢 生実
  大和帰り                      清水 恵子
  五月、信濃の旅                   今吉 美江
  かんぴょうの里 石橋                大手 郁子
望郷
  18年目のウインカー                 山田 深夜
  ふるさととの和解                  波暮 旅二
  もう行けないふるさと                斎藤 真介
詫び状
  あの頃に戻りたい                  小川 きみ代
  祭り囃子                      飯島 隆
  浜ゴボウ                      吉本 浩子
心の支え
  アズワーズの春                   柏木 文
  香港|我的故郷                   井籐 知美
  ソウル、ソウル、ソウル、              楠田 民子
  空虚な故郷                     伊勢 博雄
  ふるさと|M|先生                 佐野 なぎさ
  おばあちゃん                    佐野 直子
  最初のステップ                   松島 貴子
  チビ馬たちと星になる                中込 久美子
  ふるさとは東京                   松本 幸久
母の手
  お母さんのおなか                  森  典子
  遠い思い出                     生山 弘一郎
  回り灯篭                      中原 昭
  ありがたい故郷                   渡辺 恵美子
  母へ                        千装 文武
  母の手                       轟木 信也
  鮭と私                       田中 民部


























       親 父









    川辺峠  

                   東 洋司(44歳 男 会社代表)


「よし!」という父の掛け声と同時に、それまで前足の片方をあげ、しっぽを水平にピンと張って『待て』の姿勢を取っていた愛犬のジロは、獲物のいる藪に飛び込んでいった。その瞬間、絶叫のようなケーンという声といっしょにバタバタバタという羽音をさせて雉が飛び出した。雉は崖を背にしてわれわれが獲物を追い込むような形勢になっていたので、逃げ場が上方にしかなくせわしく羽をばたつかせるが、その上昇速度は緩やかで、散弾銃を構えた父にとっては格好の獲物だった。一発で十分だった。遠すぎた蒼い空に未練を残したまま、重力に引きずられるように雉は落下していった。父は何を考えたか、激しく吠え立ててはやるジロの首輪を掴むと、小学生だった私にその雉を取ってくるように命じた。藪の雪を払いのけながら雉の落下した場所の方へ歩を進めた私は、難なく雉を見つけた。崖下せり出した大きな岩の上で最後の命を惜しむように、バサッ、バサッ、と羽をばたつかせていた。真っ白い雪の中に光沢のある美しい緑色の姿態を横たえていた。私は、視線をその雉に向けたままその場に立ち竦んでしまっていた。しばらくして吠え立てるジロを鎖につないだ父が背後から現れると、「やっせんぼが」と私の度胸の無さを笑いながら揶揄すると、いきなりその雉の首根っこを鷲掴みしたかと思うと中空に振り上げて、岩に叩きつけた。
 鹿児島に何年かぶりで降った前の夜の大雪は昼を過ぎると早くも溶け出し、砂利道の旧街道は、車の轍の跡に黒いものを見せていた。先ほどの『死』が脳裏に焼き付いたままの私は、腰にまだ生暖かさの伝わってくる雉を引きずるようにして下げて、思い足取りで父の後を遅れがちについていった。しばらくして峠を越えかかった父は、急に立ち止まると私の方を振り返り笑顔を浮かべて手招きした。父の脇に並び立った私は、その光景におもわず息を飲んだ。展望が百八十度開け、それまで見たことのない真っ白に雪化粧した桜島が、いつもの雄々しさと違う優しさで私の目に飛び込んで来た。眼下には、光り輝く錦江湾を抱き込むように、白一色のふるさとの町並みが広がっていた。私の中のそれまでの重苦しさが、すーっと消えていくのがわかった。

 一昨年の秋、父は長い闘病生活の末七十九歳で亡くなった。筋金入りの海軍士官だった事を誇りにしていた父は曲がった事が大嫌いで頑固一徹を通した生涯だった。農家の長男であった父は、親と多くの弟妹を世話しながら裸一貫から事業を起こし成功させた。それだけに厳しく、小さかった私には恐い存在だった。そんな父も亡くなった今、ふるさとと同じように懐かしさだけが私の心に残っている。
 私にとっての心のふるさとは、何十年も前のこの日の、雉の死と眩いばかりの川辺峠よりの一面の雪景色とが、父の生きざまとオーバーラップして今に蘇ってくるのである。





    父の川

                     太田 幸子(54歳 女 主婦)


「洗いに行くど」
 父がぼそっとそう言うと、私は読んでいた本をすぐに伏せ、あるいは洗濯物を手早くたたみ、父の後を追いました。
 故郷のわが家は、東北の田舎の小さな染物屋でした。父の染めの技法は、型紙による模様染めで、これは、布地に型紙で模様と色付けをし、それから糊をかけ、釜で蒸し、その後、糊だけを洗い落として乾かす、という工程をとるものでした。
 染めが逃げないように膠のような糊をかけた布は、一様に黒っぽくごわごわしているのでしたが、その糊を洗い落とし、仕上げに入る作業は、近くの川で行われるのでした。
「とうちゃん、待って」
 小学校二、三年生の頃から、父のこの作業を見るのが私の楽しみであり、川に追いかけるのが日課になりました。
 無口な職人の父は「待って」と言われても待ってはくれませんでしたが、それでも、川の手前できまって振り返るところをみると、後ろを行く私のことを気にかけていたのでしょう。
 川土手の短い急坂を水際まで降りていくと、ふだんはオイカワや小ブナなどが銀色の体を光らせる川面が目の高さに見えます。父は、長棹の先にじゃばらにたたんだ反物を川の沖に入れ、棹をさやさやと操って一枚の流れにします。すると、布の表面から、糊の黒とも消し炭色とも思える色が川下へと流れていきます。
 次の瞬間、布本来の模様が水面から鮮やかに浮き上がるのですが、時にはそれは、明るい花々であったり、御所車があり霞がたなびく遠い都の風景であったりするのでした。
 父の作業の中で、私はこの瞬間が一番好きでした。ほとんどどす黒いとしか言えない色の中から鮮やかな模様が浮かび上がる時、私は、壮大な手品を見るように息をつめて川面を見つめていたものでした。
「きれいだねえ」
 思わずそう言う私に、父は、
「うん」
とだけ答えるのでした。

 父が亡くなって二十年、跡を継いで家を守った母も昨年店をたたみ、ふるさとのわが家の家業は絶えました。
 父の仕事場であり、子供達の遊び場でもあった荒川という名の川は、今は水かさを減らし、よどみを見せながら、細々と宮城県北部を流れています。
 父が自分で染めて見本に使っていた最後の反物は、父の二人の息子と一人の娘婿のために、母が綿入れ半纏に仕立てて送ってくれ、わが家では、主人の愛用するところとなりました。父の仕事の名残であるその半纏の中に、私は時折、父といっしょだったふるさとの川と、鮮やかに美しかった瞬間を思い出すのです。


    時雨故里

                坂岡 嘉代子(52歳 女 少年更生指導)


 三輪の泥にまみれたトラックが、砂塵を巻き上げて通り過ぎると、視界はなだらかに連なる坂道と、燃えるような緑に塗りたくられたような、小さな山々と田園の広がりだけだった。自転車の荷台には、町でしか買えないという品物が土産の形で風呂敷に包まれ、ペダルを踏む父の股の間で必死とハンドルを掴む私の姿があった。その日は父の生まれ故郷の村祭りがとり行われ、父は親族や幼なじみの家々によばれて行った。
「これは俺のちょっぺ子でな。かわいいておれんのや」
 父はこうした帰郷の折りは、私を必ず連れて歩いて同じような言葉を人々に吐いては、私の小さかった頭を大きく揺らすように撫でつけてくれるのだった。けっして父にとっては居心地の良い土地の感触では無かった筈だが、それでもやはり故郷はそれ程に、人間の心を暖めてくれる安らぎの場所であったという証であったのか、父は砂利道の続く坂も小さな鼻歌を口ずさみながらペダルを漕ぐのだった。父は師範学校を卒業すると県庁に勤め出し、やがて妻を娶るまでは町の人間に成り切っていた。妻を娶り子が出来たが仕事柄、町の人間に成り切っていた父は、或る女に巡り会うを機に妻子と故郷を捨てた。
「良家の息子が師範学校を出て、町に出たことで頭も心も惚けてしまったんやと」
 口さがない人々の中傷は、遺棄された妻子や老親たちをも苦しめていった。父は自分に正直に生きようとしたのか、それとも多くの男や大人たちが、無責任という意志表示で行動に移して行くように、心の趣のままに息づいて来てしまったのか、子供の成長と共に、故郷を振り向くことをしなくなり、女との新たな生活と商売に人生を賭けて行った。
「それも運命やったんやで。よう今日まで頑張ったわ。うまが合わん女と一緒にいても、互いに薄汚のう罵って喧嘩ばっかりの毎日やて。とにかく縁のあった女の子も大きゅうなって商売も繁盛してるとか。まぁまぁの人生やわな。頑張りなさいや」
 こんな人々の言葉が、酌み交わす酒の肴の様に杯の行くところで出された。真っ黒な生き物のようになって見下ろす山。風に波打つ稲の擦りあう音。月明かりに照らされて、仄かに白んで浮かび上がる砂利道。昼間の砂塵は何処に棚引いて消えたのか、ひんやりと澄んだ空気が自転車の上の私の胸を貫いていくのだった。祭りの終わった村の家々の明かりに見送られ、酒酔い気分の父の鼻歌に勢いがついて、家路に向かう坂はハンドルを握る手にも力が入った。父の自慢の、持ち藪のミョウガの匂い。田園の回りに小さく揺らいだ蕗の葉。父が亡くなり墓参りに幾度に此処を通る。今は時雨に煙る私の心の故郷。舗装された道、削られた山々、刈り取られた田園の回り。遠い記憶は美しいものを多く眠らせてしまったが、藪の中で小さな花をつけるミョウガの香は、時折父の鼻歌を運んで故郷を語りかけてくる。






    ドンコと親父

                   工藤 矩弘(62歳 男 会社顧問)


 水温む春になると、ドンコ思い出す。
 ドンコとは、地方の呼名とばかり思いきや『広辞苑』にもちゃんと出ている。曰く「鈍甲。ハゼ科の淡水魚。本州中部以南の川や沼に極めて普通。体は太くて短く体調約一五センチ。黒褐色。美味」とある。

 もう五〇年も前になるが、私は小学校の頃、九州の片田舎、犬飼と言う大分県の小さな町で育った。そこを流れる大野川は大分県最大の川で、その川に面し山あいに沿ってへばりついたような町である。その昔、この川は河口からこの地まで、水路として使われていてそれより奥にはいる街道の船着き場で栄えた時期があった。今でも、当時の面影をしのばせる石垣が残っている。

 戦時中から戦後にかけて、ここは自然が一杯であった。
 大野川。それにこの町を横切って大野川に流れ込む二本の支流。どの川にも、鮎、鰻、ハヤ、鮒、時には鯉が見られ、子供達にとっては、天国のように恵まれた環境であった。 ドンコとは良く言ったもので、いかにもドン、つまりドジな魚である。それだけに愛嬌があるとも言える。
 当時、学校から帰ると、カバンを放り出して、ドンコ釣りに出かけたものである。親父が大の飲んべえだったので、物のない時代の酒の肴として、ドンコは無くてはならない代物であった。油ののりきった旬のドンコは、また格別であったようだ。実は、釣ってくる当人は、どうも好きになれず、ただただ親父のための親孝行をしていたのである。
 釣ってきたら、二本の竹串に七〜八匹突き刺し、それを七輪で焼く。丁度旬のサンマを焼くように、炭火に落ちた油で、煙と匂いが辺り一面に広がる。その焼きたての熱い奴に酢醤油をかけて食べる。これが何とも言えず旨いそうである。その焼きあげまでが私の仕事、親父は「食べる人」であった。二合の酒と焼きたてのドンコに舌鼓を打っていた親父の姿が、つい昨日のように思われる。

 夕方、ほんの一〜二時間、暗くなるまでの勝負である。面白いように釣れる。大概、近所の悪童ども連立って競い合う。日がとっぷりと暮れても、時間の経つのを忘れてのめり込む。しかし、餌を付ける手元が見えなくなれば、やっと引上げる気になる。
 親父は、魚を待ってお預けである。それでも、ちゃんと待っていたのは、余程ドンコが好きだったんだと思っていた。しかし、その後になって気が付いたのであるが、もしかして、息子が無事に帰ってくるのを、待っていたのかもしれない。
 親父も亡くなって、今年がもう三四年。ドンコと共に思い出す春である。

 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 













 あとがき

 ●●●●●あとがきなし●●●●●
























 著者プロフィール

●●●●●著者プロフィールの中身●●●●●





















本の誕生秘話

 ●●●●●本の誕生秘話の中身●●●●●























関連書籍の紹介

 ●●●●●関連書籍の紹介の中身●●●●●























 読者感想文

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