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77才の老翁、しかも松葉杖の日々。
それでもその心は青春に燃える。
病める人、老いる人、悩める人と、
著者はともに手を取り合いながら人生にチャレンジする。
北村昌俊──この77才の青年の若さを支えるものは何か?
その生きざまと情熱に、敬意を超えた羨望すら感じながらこの書物の一読を勧める。

ホームへ 前書き 目次 70% あとがき

著者profile















 
         北村昌俊 著





 死ぬまで老いないボケない法


  骨折ジジイは考えた




                                   明窓出版



















   推薦の言葉

 著者に思う 
C市立病院整形外科 病棟婦長 成田 千恵子

 骨折と同時にイレウス(腸閉塞)を発症していた北村さんが、外科の病室から三階の整形外科病棟へ搬入されてきた時、エレベーターから出てきたストレッチャーの上の、彼の無惨さに私は目を覆いました。でもそれは、彼の病状の苛酷さからではありません。身長1メートル58センチ、体重40キロ、それに入れ歯は取りはずし。そして彼は七五歳。大抵想像はおつきになるでしょう。川原に取り残された廃屋、わたしにはそんな風に見えました。カンファレンスの数日後、固定手術がおこなわれました。
 私が序文として皆さんに知って頂きたいのは、それからの彼の事なのです。
 一ケ月のベッド上での安静治療の後単座位に。ベッドからの車椅子への移動は私が指導しました。数日すると彼は、ラップトップのワープロを持ち込んで、何やらを連日。そして次第にベッド脇に本が増え、やがてベッド壁際に携帯用のCDプレーヤーが。それも、カーペンターズ、織田裕二、スティービーワンダー、長淵剛等々(でも、少しフルイか)。彼はカーテンの中で、「イエスタディ・ワンスモア」を口ずさみ、「ラブ・サンバディー・トゥナイト」の打楽器のリズムに酔い、「ダンシングクィーン」を共に唄っています。私はこの彼をバカと思うか素敵と表現すべきなのかと迷います。ナンダコリャとも。
 十一月も終わり近く、車椅子の彼は、婦人病室の中学生と英語の学習を始めました。中学生には期末テストの直前でした。こうなるともう、エレベーターからのボロ切れの様だった彼の姿は、完全に私の中からは消えていました。勿論リハビリも含めての療養態度は積極的でした。でも彼は大の整理ベタ、担当さんが何度もベッドの周りの整理、それに同室の患者さんが本棚まで作ってあげていました。これで私は、彼を次の病室へ移動する事を止めにしていました。

 北村さんは、私たち看護婦の介助の日々から、「七五年にして初めて、人を教え、人を導き、人をいたわり、人と共に生きることを、目に見える形として知ることができた」と言っています。そしてこの愛に満ちた光りは、いつ、どうして生まれたかを知ろうとしました。退院後、片松葉でこてはし図書館へ。クリミヤ戦争とナイチンゲール、赤十字と佐野常民の資料等をと。その上医療大学校での戴帽式に参列、ナイチンゲールの愛の灯火が私たちの心に移る瞬間をご自身の目で見てくれています。それも片松葉で。
 こうして彼は、終章「最も幸福な人とは、病む人の看護に携わる人々である」を書き上げました。筆はつたなく、その内容は貧しいにしても、私は「意欲のある者の方が、能力のあるものよりも多くの事をなす」とのムーリエの言葉を思いました。そして倉田百三は「夢見る事を止めた時、その人の青春は終わる」とも言っています。私は人生の道筋に、患者として知り合った北村さんの、消える事のない若さをと願いながらこの一文を捧げるものです。


































  まえがき


    出版に当たり
著 者 北村昌俊さんへ、心から。




“The best way to predict the future
is to create it”

 将来を予言する最高の方法は
将来を創ることである




 新 将命










 著者に思う 
C市立病院整形外科 病棟婦長 成田 千恵子

 骨折と同時にイレウス(腸閉塞)を発症していた北村さんが、外科の病室から三階の整形外科病棟へ搬入されてきた時、エレベーターから出てきたストレッチャーの上の、彼の無惨さに私は目を覆いました。でもそれは、彼の病状の苛酷さからではありません。身長1メートル58センチ、体重40キロ、それに入れ歯は取りはずし。そして彼は七五歳。大抵想像はおつきになるでしょう。川原に取り残された廃屋、わたしにはそんな風に見えました。カンファレンスの数日後、固定手術がおこなわれました。
 私が序文として皆さんに知って頂きたいのは、それからの彼の事なのです。
 一ケ月のベッド上での安静治療の後単座位に。ベッドからの車椅子への移動は私が指導しました。数日すると彼は、ラップトップのワープロを持ち込んで、何やらを連日。そして次第にベッド脇に本が増え、やがてベッド壁際に携帯用のCDプレーヤーが。それも、カーペンターズ、織田裕二、スティービーワンダー、長淵剛等々(でも、少しフルイか)。彼はカーテンの中で、「イエスタディ・ワンスモア」を口ずさみ、「ラブ・サンバディー・トゥナイト」の打楽器のリズムに酔い、「ダンシングクィーン」を共に唄っています。私はこの彼をバカと思うか素敵と表現すべきなのかと迷います。ナンダコリャとも。
 十一月も終わり近く、車椅子の彼は、婦人病室の中学生と英語の学習を始めました。中学生には期末テストの直前でした。こうなるともう、エレベーターからのボロ切れの様だった彼の姿は、完全に私の中からは消えていました。勿論リハビリも含めての療養態度は積極的でした。でも彼は大の整理ベタ、担当さんが何度もベッドの周りの整理、それに同室の患者さんが本棚まで作ってあげていました。これで私は、彼を次の病室へ移動する事を止めにしていました。

 北村さんは、私たち看護婦の介助の日々から、「七五年にして初めて、人を教え、人を導き、人をいたわり、人と共に生きることを、目に見える形として知ることができた」と言っています。そしてこの愛に満ちた光りは、いつ、どうして生まれたかを知ろうとしました。退院後、片松葉でこてはし図書館へ。クリミヤ戦争とナイチンゲール、赤十字と佐野常民の資料等をと。その上医療大学校での戴帽式に参列、ナイチンゲールの愛の灯火が私たちの心に移る瞬間をご自身の目で見てくれています。それも片松葉で。
 こうして彼は、終章「最も幸福な人とは、病む人の看護に携わる人々である」を書き上げました。筆はつたなく、その内容は貧しいにしても、私は「意欲のある者の方が、能力のあるものよりも多くの事をなす」とのムーリエの言葉を思いました。そして倉田百三は「夢見る事を止めた時、その人の青春は終わる」とも言っています。私は人生の道筋に、患者として知り合った北村さんの、消える事のない若さをと願いながらこの一文を捧げるものです。

























       目 次




●●●●●目次の中身●●●●●


























 第1章






  ── はじめに ──


 某出版社の編集者からのお手紙の冒頭に、「七六歳の老翁が、骨折入院のつれづれに書き記した随想が本稿である」と。成る程、プロの書き出しは素晴らしいものだと感じながら、私は同時に「ナニ?」とも思いました。何故かといえば「つれづれに」までは良い。だがどうも「老翁」が気にいらない。確かに私は戸籍謄本をとって見ると、生年月日から計算して、確かに平成十年五月六日の時点で七六歳ではある。だが私自身とすれば、未だ「老いし翁」との自覚は全くないのです。民生委員の方が、市からの『敬老祝金』をもって来て下さる時だけ、「ああ、俺は年寄りなんだな」と自覚しますから決してボケているからではないと思うのですが(他の人からどう見えるかはわかりませんが)。
 その上、定年で退職の翌日から、日中はワープロとコンピューター、夜は中学生諸君と勉強していたものですから、来年幼稚園の隣のミヨちゃんからでも、『オジイチャン』と呼ばれたことがない。つまり、この十三年間、ただの一回も『先生』以外に呼ばれたことのないままに七六歳になったことがその原因なのでしょうか? 
 更に、「こんな文章が生まれたところを見ると、入院生活はよほど退屈だったんだなと思ってしまいます」ともありました。仰言る通りです。だから患者の皆さんは、日中グウグウ寝ていて、時おりに喫煙室でタバコ。そして「夜眠れませんから睡眠剤をください」となります。一寸気の利いたのは将棋とかオセロゲーム。もう少し高度な知的の方は、時折りにマンガ本を読んでいる方もありました。瀕死でない限りは大抵こんなものです。退屈なのは私だけではありません。なんなら、一度入院されて確認してみてはいかがでしょう。『年寄りの冷や水』。まあ、あまりガミガミ言うのは止めにして、どの程度の「老」で、どの位「退屈」だったのか、お読み下さるようお願いして始めることにいたしましょう。

 何にでも手を出す癖は、七五歳になった今でもなおっていません。その結果、ベランダから3メートル下の道路へ。ニュートンさんの万有引力の法則が正しいことは立証できました。とはいっても、私の後から入院した方が、「お先に失礼」とも何とも言わずに次々に退院されて、まだ先ゆきの定かでない私は病棟での最古参に。「もし彼が、万有引力を発見していなかったなら、私は落ることはなかったのではないだろうか」等と、のんきなことを考えておられなくもなりました。
 整形外科は、手術も終わり化膿予防の点滴もはずれると、見舞いの人との応対と、回診と検温それにリハビリ以外にまったく何もすることが無くなります。三ケ月を過ぎた私の場合などは、訪なう人もなくなり、一日一回の検温と時折の「変わりありませんか」で終る回診、それに一時間程のリハビリ室での訓練だけ。そこで私は『九段の母』でもないのに杖を頼りに一日がかり、一階の廊下(ローカ)を廻っているだけの、どうか(ローカ)と思う毎日です。
 然しもっとよく考えてみると、これ程何の用もなく、これ程何に煩らわされることのない毎日は、人生の中ではそう滅多にあるものではないとも思いました。先生は名医、それに看護婦さんたちは美人揃いで優しいし(いくらかの差はありますが)。そこでいつもの悪癖がムラムラと頭を持ち上げてきました。といっても、皆さんのご主人方がそろそろ寝ようかというときにくる、あのムラムラとはまったく違うものです。私の場合にはもうあのムラムラは、過去の栄光の中に消え去ってしまったものですから。
 兎に角こんなチャンスは逃がすわけにはいかぬと、一日一冊或は二日で一冊の割合で本を読みまくり(といっても手当たり次第の飛び飛び読みですが)、草思社刊ペーパークラフトの薬師寺の東塔に挑戦(一月末現在完成、副院長にお褒めの言葉、病棟の患者さんも拝観?に)、次に医療体験記コンクールに応募、「佳作にでも入ったら、婦長以下全員廊下に整列して万歳だわね」とか何とか励ましとヒヤカシの中で頑張ったつもりでしたが、諸先生・ナース諸嬢の応援と期待も空しくボツ。でも最初は厚生大臣賞をねらったといったら精神科へ移されるかも。それでもまだ退院ははるか彼方。
 そこで次はと考えたところ、人は必ず老い、そして必ず死ぬものであることに気がつきました(尤も柳沢さんの著書から、ようやくに納得したことでもあるのですが)。
 然したとえ、杉浦さんの言うように「生労病死は四季の移い」であり、死は生の終の住みかだとするなら、絶対に死なない方法は無いとしても、ともすれば死ぬまで年寄りにならない方法はありそうだとの結論に達しました。
 方丈記を引用するなら、「ゆく河のながれは、絶えずして、しかももとの水にあらず」と。さらにローマ皇帝マルクス・アウレリウスは『人がかろうじて持てるものは、今生きているこの瞬間だけなのだ』とも書き遺しています。
 今という時間が流れ去っては再び帰らぬものであるならば、私たちが死という終の住みかに至るまでの間の日々を、自由に楽しく思うように生きることが出来るなら、『老い』を思うことなく過ごせるのではなかろうかと。と同時に理由と状況がどうあれ、入院といういわば逆境の中での日々が、病そのものを、人生の中の一つの流れとして過ごせるなら、『病い』もまた何の煩いもないものと思えるに違いないとも思いました。
 この意味から、病棟での出来事・私の身の回りの出来事などをベースにして、私流『不老論』を展開することとしますので、「なんだそんなことか」と仰言らずにまあ読んでみて下さい。といっても、あまり皆さんのお役に立つかどうかは、各人のご判断にお任せする他はありませんが。 
「なにかくだらない事を書くのが、お前の生きがいなんじゃない?」と申されればその通り。その上《生きがいは、人から見れば暇つぶし》と来ればまさに脱帽ものですが。
 同じ313病室に、木更津高専の英語教師のNさんが居られました。私とは肝胆相照らす仲、といっても私程レベルは低くありませんので予めお断りしておきますが。
 お嬢さんが元明治生命にお勤めだったとかで、お見舞いのついでに私の為に厚生事業団発行の『ウェルネスシリーズ』全二八巻を貸して下さいました。一巻から順に拝読しましたが、お叱りを覚悟で申し上げるなら、大体、手持ちか或は書店での内容と大差なし。
 ところが第二四巻、「健やかな老いをひらく」の中の評論家吉沢勲先生の『こころの養生法』。少なくとも十回は読ませて頂きました。さすが、セックス・セラピスト(初めて聞く肩書きですが?)。
「お父さん、この電話は少しおかしいですよ」と家内。「どうした?」と私。
「だって私がモシモシと言うと、向こうもモシモシしか言わないんですよ、誰でしょうね?」「モシモシだけなら相手はカメさんだろうよ」位の発想でしかない私は、吉沢先生のお話に、しばし入院の立場さえ忘れていたと申し上げるのが正直なところです。
 七五歳、心臓にも影響している肺気腫、頻発する腸閉塞、そこへC型肝炎のキャリア。 到底大手術は不可能、数%の可能性を期待しての固定手術がカンファレンスでのギリギリの選択だったことが想像されます。最悪の場合は寝たきりとも考えた私は、夢はあるにしても、もうこのあたりで結末がついたとしても思い残しはないと考え続けました。
 それをお見通しの先生のご配慮から、神経科の坂本先生が。
 ところが吉沢先生の『心の養生法』。将に目から鱗、無我夢中で読ませて頂きました。そして「北村君よ、分かったら君だけの物としてではなく、病める人、老いを迎える人たちにも君から伝えてやってほしい。それがここへ来た君の役目かも」とのお言葉が聞こえてくるようにさえ思いました。よしこれだと端座位の許可が出ると同時にワープロを打ち始めました。
 お話の中のいくつかを無断で利用させて頂きましたが、病める者たちの心の安らぎとしてご容認賜りますよう、改めてお願い申し上げます。 
 かくして、リハビリもスッポカシての涙ぐましい日々の末、書き上げましたものが『死ぬまで老いないボケない法』となりました。
 その他参考、引用させて頂きました諸先生のご苦心のご著書を文末に列記致しました。 七六歳の私を含めて、死ぬまで老いない事を願う私ども患者一同の為にお力をと、心から願いながら…………。

 ──『老いる』とは その1 ──

『老いというのは何だと思いますかと女性に聞きますと、たいていは、しわだとか白髪だとか言うでしょう。しわなんて言うのは、西田ひかるでも石田ひかりでも、もう三二を過ぎたら出てくるものです。しわ(四×八)三二というではありませんか。こういう冗談をいったときにクスッと笑う人はぼけません』と吉沢先生は書いておられます。
 一般的な評論家の先生の説明とすれば、『老いの初期現象はしわであり、「しわ」は加齢と共に起きる皮膚の老化現象である』とお書きになるかもしれません。
『しわ(四×八)三二』、『石田と西田』『ひかるとひかり』の対語の妙。私どもが脳で考えなければならない事をストレートに心にしみ込ませるお言葉、私がしばし患者であることを忘れていたとしても当然のことかもしれません。
 そして次に『ゲラゲラお笑いになる方は、必要以上(?)に長生きされるかもしれません。もしムスッとして「なんだ、つまらない。書く人間の程度が知れるよ」とお思いの方は相当に高度な方で、私への正しい評価をなさってのことかもしれません』とようやく私が続けることが出来ます。このあたりが吉沢先生の面目躍如、並の評論家ではない所以だと心から敬服するものです。
 そして大切なことは、『冗談を言ったりエッチな話が堂々とできるような人は絶対にボケないことです。くそ真面目な方から大ボケになることには違いありませんから、十分ご注意下さい』とも。
                                     
 次に老いの一つの特徴は、細胞の中の水分と脂分が減ってくることです。丁度ソバガラの枕の中身がなくなってくる状態です。
 ですから、乳房も、若い頃は秩父(乳部)連峰のように聳えたっていたものが、五十才過ぎ位になりますと、詰め物がなくなり、私の場合と同じくニュートンの万有引力の法則で重力が働いて、下の方へ落ちてきます。
 短歌で母親の枕詞に「垂乳根の」という言葉がありますが、まさにそんな状態になってきます。ところが不肖十三年、中学生諸君と短歌を学習しながらも、一回もこの語源の説明をしたことの無かった私は、教師としての資質が適切であったかどうかとあらためて悩みます。「君達のお母さんのオッパイのように」と、具体的に説明した方が良かったのだろうかとも。尤もこう分かりやすく説明した場合には、「そんな塾はやめろ」と仰言るお母様もあったかと思いますが。
 こうなった場合には、なるべく花園のグリーンベルト沿いにある、『湯あみランド』という名の銭湯などへは行かれずに、自宅のお風呂で一人静かに過ぎた日の、ご主人とのモミモミに酔いしれた日々を懐かしまれた方が幸いだと思います。
 更にこの『老いる』が進んで終点近くになると、状況が変化してきます。私は入院中三週間程ベッドから起きれませんでしたので、当然の事としておむつをしておりましたが、老いの場合は最終的には、膀胱と肛門のネジがゆるむ事になります。したがって誰でもおむつのお世話になるわけです。
 介護の世界では最近、おむつとかおしめとか言わずに、「安心パンツ」と言っています。ジョイフル=本田へ行って御覧なさい。パンツという名のおむつの山。場所をお教えしておきましょう。
 ジョイフル本田千葉店の正面入口の右側、トイレットペーパーとネピアのテッシュペーパーの特売コーナーの前側に、山のように積まれていますので。
 このおむつの山は、赤ちゃんだけのものなのでしょうか。私の経験からすれば、その大部分は私のような者のためにあるような気がいたしました。
 誰でもご幼少の頃はおむつをはめたでしょう。人間として生まれてこの方、このおむつの世話になった事のない人はいないに違いないのですが、何とか最後までおむつだけはしたくないと思うのは当たり前の事でしょう。
 でも、そんなに深刻になる必要はありません。何故なら、目が遠くなったら老眼鏡をかけるでしょうし、耳が遠くなったら補聴器をつければいい事のように、膀胱と肛門のネジがゆるんだら安心パンツをはけばいい事でしょうから。
 晩年の一、二年間は必ず、クリントンさんであろうと、小淵さんであろうと、皆さんお使いになるでしょう。最終的にはめるからおしめ(終めえ)というのです。『そうかおしめえか、そんならいいや』と、そんな風に考えれば気が楽でしょう。
 お陰様で私の「おむつ」は外れましたが、その代わり「おつむ」の方に異変が少々とも感じています。


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 


















 あとがき


 退院してから一年近く、敲いてみたり推してみたり、ようやく稿了致しました。
 そしてツクヅク思ったこと。
「自分の価値は、他人との比較によって決まるものではない」との五木先生のお言葉。
 そしてムーリエは「意欲ある者の方が、能力のある者よりも多くのことを為す」と言っています。でもそれらの名言は、ほとんど信用できないものではないかと。
 何故かというと、あるエッセイストの方の言葉に、「書いたものを大きな声で読んでみると欠点がよく分かる」とありました。そこで私も読んでみました。
 その結果分かったこと、何と内容の乏しい自己陶酔、そして表現の拙さからの読みにくさ。とても名言通りにはゆくものではないと。 後 略






















 著者プロフィール

●●●●●著者プロフィールの中身●●●●●





















本の誕生秘話

 ●●●●●本の誕生秘話の中身●●●●●























関連書籍の紹介


〈参考・引用図書〉

 吉沢 勲 心の養生法 明治生命厚生事業団      
 吉村 昭 白い航跡 講談社 他二冊
 木原武一 大人のための偉人伝 新潮新書
 久野明子 鹿鳴館の貴婦人 中央公論社
 立川昭二 明治医事往来 新潮社
 安岡章太郎 愛犬物語 KSS出版
 クリス・ムーン 地雷と聖火 青山出版
 柳沢桂子 生と死が創るもの 草思社 他一冊
 南木佳士 医学生 文藝春秋
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 宇野 収 『青春』という名の詩 産能大学
 新 将命 能力革命 経済界 他二冊
 渡辺淳一 反常識講座 光文社
 近藤 誠 患者よガンと闘うな 文藝春秋 他三冊
 セシル・ウータム・スミス フローレンス・ナイチンゲールの生涯
 ミッチ・アルボム モリー先生との火曜日 NHK出版
 永井 明 ぼくが医者をやめた理由 平凡社
 司馬遼太郎 最後の将軍 文藝春秋

























 読者感想文

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