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 旅に出よう!!  日本はあまりに狭すぎる。
先進国より、発展途上国を旅するほうが、発見も多く面白いのだ。
奥の深い文化の違いを理解することで、狭かった視野が果てしなく広がっていく。
先進国より、発展途上国を旅するほうが発見も多く面白い。
奥の深い文化の違いを理解することで、狭かった視野が果てしなく広がる。
       

前書き 目次

70% あとがき 著者profile
Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved













 
         小林清次 著





 トルコ・イスラエル ひとり旅





                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  まえがき

 目覚めの悪い朝だった。嫌な夢を見てしまったからだ。場面は昨日盗難に遭った場所で、私は犯人を見付けるため、道路脇の丘から現場を見張っていた。しばらくすると、日本人の青年が一人で歩いて来た。すると、絵ハガキの立ち売り商人が現れ、昨日の私が遭ったのと同様の犯行が繰り返されたのだ。やはり、その青年もスラれたことに気付いていない。私は丘から一気に駆け降りると、大声で叫んだ。
「財布をスラれたぞ」
 現実に声を出したのか、夢の中だけで叫んだのか定かではないが、その瞬間に目覚めてしまった。
























       目 次


   突然の旅立ち  6
   深夜のイスタンブール到着  8
   トルコ・リラに惑わされる  14
   犬に追われる  22
   日本語を話す、あやしい物売りたち  27
   停電の夜  33
   葬列に遭遇  38
   休業日の連続  40
   イスラエルに移動  48
   聖地を歩く  61
   スリに遭う  68
   死海(DEAD SEA)へ行く  99
   簡単には行かない、イスラエルの出国  107
   深夜の居眠りバス移動  111
   エーゲ海の街・クシャダス  116
   古代遺跡・エフェスとセルチュクの街  123
   ギリシャ・サモス島日帰りの旅  130
   世界遺産の石灰棚・パムッカレ  141
   10日ぶりのイスタンブールを歩き回る  149
   嫌味なホテル従業員  162
   アムステルダムで危機一髪  164



























突然の旅立ち






 転職を機会にひとり旅に出ることにした。日本での雑用を済ませ行き先を決めると、三日後には関西空港のロービーに立っていた。行き先は、以前から憧れていたイスタンブールと、周辺の国である。周辺の国と云っても、実際にどこの国に行くのかは、はっきりとは決めていない。分かっているのは、イスタンブール〜大阪間(アムステルダム経由)の飛行機の時間だけで、全ては行き当たりばったりである。

 関西空港に着き、KLMオランダ航空のカウンターでチェックインする際、窓側のシートを希望した。12時間のフライトなので出来るだけ窓側に座りたい。係りの女性がオンラインで確認してくれるが、難しそうな表情だ。
「無ければ、構いませんよ」
 気の毒になって言ったのだが、なんとか窓側の座席を確保してくれた。
 時間ギリギリまで出発ロビーでハガキを書いて、ポストに投函する。これで、心置きなく出発だ。出国手続きを済ませ、搭乗口に向かうとKLMのスタッフに声をかけられた。
「小林様ですね」
「(貴方の座席は都合が悪くなったので、)申し訳ないのですが、このチケットに替えて頂きたいのですが」
〈やはり、ダメだったか〉
 快く了解し、機内に入ってから座席番号を確認して驚いた。私のチケットは、ツーリストクラスから、ワールドビジネスクラスに替わっていたのだ。もちろん、タダだ。私は何かの間違いではないのかと、しばらく落ち着かなく座っていたが、間違いではなかった。しかも、ワールドビシネスクラスのシートは、ほぼ満席なのにも関わらず私の隣だけが空席で、私はアムステルダムまでの12時間、ふたつの座席をゆったりと使わせてもらった。これは幸先がいいぞ。
 機内でくつろぎながら、他の乗客を観察していると、通路を挟んだ反対側の窓側には、一人旅の二十代日本人女性、その隣の通路側には、三十代後半の男性がいる。その男の日本人らしからぬ発音の良い英語と、その顔付きから見ると、韓国人ビジネスマンか?
 しばらくすると、隣の日本人女性と話し始めたので、やはり日本人だと分かった。それだけなら、どうってことはない。ところが、この男は今までの旅先での話を始め、どうもその内容がクサイのだ。さらに驚いたことに、この一人旅女性の、男を見つめる目が輝いて来ているのである。
 男のほうは、オランダ人スチュワーデスが来ると、右手首を肘掛けから20センチ高め、角度を30度傾けながら人差し指を立て、イキな発音で「コニャック」と言った。もう、一人旅女性の目はうるうるだ。しかも、この二人のすごいところが、12時間のフライトで、おそらく5、6時間は会話しているのである。ロシア上空はブラインドを降ろさねばならず、他の乗客の多くは液晶ビデオを見ているか寝ている人がほとんどで、二人以外は静かなものだ。そして、アムステルダムが近付くと、ついにこのコニャック男≠ヘ、ヨーロッパでの滞在先のアドレスを教え、このうるうる女性と食事の約束を取り付けたのである。なかなかやるじゃないか。

 深夜のイスタンブール到着
 アムステルダムで2時間半のトランジットの上、さらに3時間半かけて、イスタンブールへと向かう。
 イスタンブールのアタチュルク国際空港には、深夜0時に到着した。日本との時差はマイナス7時間である。初めての街で、この時間に宿探しを始める訳にはいかないので、今晩だけ三流ホテルを日本からFAX予約してある。予約と云っても、日付・到着時間・私の名前と、トルコ語でシングルルームを予約したい一人≠ニ記入しただけの簡単なもので、その後の予約確認はしていない。
 空港で30、000円を両替すると、29、085、000リラにもなった。3%のコミッションが取られているので、レートは1円=約1、000リラだ。1年前のレートが約580リラなので、相当なインフレだ。ともあれ、1、000分の1に換算すれば良いので計算は容易である。
 0の数を読みながら、札の種類を確認する。財布にしまうと、折り畳むのが困難なくらいに分厚くなって、金持ちになった気分だ。

 空港ロビーから一歩外に出ると、早速二人のトルコ人が寄って来た。
「タクシーに乗るのか?」
「ああ、そうだ」
「どこまで行くんだ」
「スルタンアーメット地区までだけど、いくらかな」
「15ドルだよ」
 高いのか、安いのか分からなかったが、ドルで言うところがいかにもインチキくさい。それに、どんな車かも分からないので、話に乗らないほうが良いだろう。
「要らないよ」
 断ると、二人はムッとして去って行った。
 並んでいるタクシーの列に行き、運転手に声を掛けて値段を聞く。
「200万リラ(2、000円)だ」
 先程より若干高いが、この辺が相場なのだろう。先程のように、向こうから言い寄って来る奴は危険なので、そのままこのタクシーに乗ることにした。トルコはメーター制なので、間違いは無いだろう。
 初めての国で、深夜の四車線道路を突っ走ると、心地よい興奮を覚えた。この緊張感がたまらない。
 運転手は私が日本人だと知ると、立て続けに話しかけて来た。何を言っているのかさっぱり分からないが、ジャポントウキョウオオサカ≠ネどと言っているので、「イエス」「大阪だ」と返事する。おまけに、ソニー≠ェどうとかパナソニック≠ェどうとか言っている。
「ハウマッチ?」
 日本でのテレビの値段を聞いているのである。適当に値段をつけてリラに換算して答えると、返事の際のジェスチャーは大きくはなかったので、私の言った値段は、妥当だったのかも知れない。
 また、カラスグリーンホテル≠ニ行き先を告げているにも関わらず、ここに泊まれと、他のホテルのパンフレットを渡してくる。何度断っても、パンフレットを差し出す始末だ。遠回りされてはいけないので、後部座席から身を乗り出し、地図を見ながら、「インチキするなよ」と目を光らせておく。
 やがて、それらしい市街地に入り、道を二、三度曲がると、コテージ風の綺麗なプチホテルの前に止まった。いや、良く見ると位置がおかしい。
「違う。違う。カラスグリーンホテルだ」
 全く油断が出来ない運転手だ。再び走り出し、幸いカラスグリーンホテルには、ここから200メートル程走って到着した。タクシーのメーターを見ると、約150万リラだった。
〈やっぱり、やられたか〉
 私はタクシーのメーターを指しながら、負けるようにジェスチャーしたが、最初に納得した値段だったので、200万リラを払うしかなかった。本当は、最初の時点で言いたかった。
「あんたが言った200万リラと、タクシーのメーターと比べて、安い値段しか払わないからな」と。
 しかし、基本的にトルコ語しか解せない運転手にそんなことを伝えるのは無理だと、あきらめていたのだ。
 タクシーの運転手に「良かったな」と肩をたたき、深夜1時と云うのに、ご丁寧にもホテルの玄関から迎えに出た従業員に、日本から送ったFAXの控えを手渡すと、ニコリと笑った。
 ホテルでは英語が通じるようで、朝食付きで1泊300万リラを払って部屋に入った。やっと落ち着き、温めのシャワーを浴びていると、やがて水温が下がってしまった。寒くなって来たので中途半端なまま切り上げて、深夜2時に眠りに就いた。実に長い1日が終わった。

 トルコ・リラに惑わされる
 翌朝5時半頃に、近隣から聞こえる大音量のアザーン(イスラム教の礼拝の呼びかけ)で目が覚めた。
 カーテンを開け、結露した窓ガラスの水滴を拭うと、昨夜は気付かなかった大きな尖塔に目を奪われた。きっと、有名なブルーモスク≠ノ違いない。突然に起こされてしまったが、初めて耳にするアザーンで、イスラム圏に入ったことを実感する。スピーカーからの声は20分程で終わり、もうひと眠りすることにした。
 再び7時に起き上がり、食事前の散歩を楽しむことにした。屋外に出ると、透き通った冷たい空気が肌を突き刺す。今日から3月だが、朝方は日本並みの寒さだ。
 イスタンブールは東洋と西洋の接点で、街はボスポラス海峡を挟んで、西のヨーロッパ側と東のアジア側に分かれている。さらにヨーロッパ側は、金角湾を挟み北側の新市街と南側の旧市街に分かれる。特に旧市街は世界遺産にも指定され、実に見所が多い。安宿も、旧市街のスルタン・アーメット地区に集まっている。私は、オスマン帝国時代の居城トリカプ宮殿≠フ城壁に沿って歩いたり、トラムの走る石畳の道路を歩いた。まだ人通りの少ない時間だが、歩いている内に街の雰囲気を少し掴み取ることが出来た。

 ホテルに戻って簡単なバイキングの朝食を摂り、またすぐに出掛ける。
 近くにあるトルコ国鉄のジャンクルタラン駅で、隣の「シルケジまで」と言うと、キップではなく、丸いトークンを渡された。そのトークンを古びた改札機に通してホームに入る。運賃を知るため、いくらか計算してみた。100万リラ払って、おつりが81万リラなので、19万リラか。いや待て。隣の駅まで190円なら日本並みじゃないか。これは高過ぎるぞ。
 駅員にもう一度、確認してみる。
「シルケジ。ネ・カダル(いくらだ)」
「フォーティー・サウザント(40、000リラ)だ」
「ワンハンドレット・サウザント払って、これだけしか貰っていない」
 おつりの紙幣を広げてみせる。悪気があったのか無かったのか、横に居たもう一人の駅員がニャッと笑う。「ばれたか」と笑っているようでもあり、「なかなかやるじゃないか」という表情にも読み取れる。国鉄職員でさえこれだから、金銭の受け取りには十分に気を付けなければならない。
 めでたく、15万リラを返してもらい、やって来た電車に乗り込んだ。電車はボスポラス海峡の海岸沿いを走り、2、3分で終点のシルケジ駅に着いた。降りようとすると、物売りの少年が近寄って来て、お菓子を買ってくれと言う。断ると、別の車両に移って行った。先程の駅でも見掛けたが、少年らは、線路脇からホームに駆け上がり、電車に飛び乗って行く。無賃乗車だが、誰もとがめはしない。少年の仕事場として暗黙の了解になっているようだ。こんな子供らが働かなければならない程、貧しい家庭が多いのだろうか。
 シルケジ駅は、ヨーロッパから列車でやって来た場合の終着駅で、かつてのオリエント急行の終点でもある。広い構内には今も当時の面影が感じられる。
 すぐそばは海で、この辺り一帯はエミノニュ≠ニ呼ばれている。対岸のアジア側へ向かうフェリーボートもここから出ている。また、旧市街と新市街との間にガラタ橋が架かり、ここは交通の要衝になっている。
 海岸伝いに歩いて行くと、いくつものフェリー乗場と売店(キヨスク)がある。売店には、ジュース・菓子類・パンの他、電卓・ラジオ・ラジカセ・人気歌手のカセットテープまで売っている。その中で一段と目を引くのが、ドネル・ケバブだ。これは、薄い羊肉を鉄芯に何重にも巻き付け、それを回転させながら電熱器であぶったものだ。注文すると、2本の長いナイフを擦り合わせながら、慣れた手付きで削いでいくのだ。そして、削ぎ落とした肉は、レタス等の野菜と一緒にフランスパンのような堅いパンに挟んで食べるのだ。
 このドネル・ケバブのことは、10年以上も前から知っていた。食べ物には余り執着しない私だが、イスタンブールに行けば、これだけは食べようと考えていた。はたして頬張ってみると、すこぶる美味しい。念願が叶いうれしくてたまらない。値段も安く、大体6万リラか7万リラが相場であった。

 新市街に通ずるガラタ橋を渡った。八車線の車道には、バスや乗用車が頻繁に行き交っているが、両側に設けられた歩道は実にのんびりとしている。欄干にもたれて釣りをしている人、それを見物している人が沢山いる。私も覗いてみたが、結構釣れているようだ。海も綺麗で、イスタンブール程の大都市にあって、これだけ汚れのない海も珍しいであろう。
 新市街に入り、カラキョイ周辺の魚売りの露店などを冷やかしながら、円筒形のガラタ塔に行ってみる。さすが、旧市街からも望めるだけあって、高さ68メートルと結構な高さだ。現在のものは再建だが、それでも14世紀の古さだ。最上階に上がると、イスタンブールの市街地が360度に眺望出来て素晴らしい。ひとつ下の階は展望レストランになっていて、ここで下界を眺めながら、サンドウィッチと紅茶の昼食と洒落込んだ。

 ガラタ塔を後にして、坂の途中にある古楽器博物館に立ち寄ってから、酒落たアンティークのトラムでタキシム広場へと向かう。この界隈には、高級ホテルや領事館・航空会社・映画館が多く、新市街の中心地になっている。この広場をぶらついていると、何度か声を掛けられた。
「ニホンノカタデスカ」
 その多くは、案内しましょうか≠ニいったようなもの。中には、単に日本人に興味を持って話し掛けて来る者もあるが、多くは下心を持った連中ばかりだ。うるさいので、適当にあしらいながら広場を後にした。
 坂道を下り、カバタシュの港からフェリーボートに乗り、ボスポラス海峡を渡る。対岸のアジア側の街・ユスキャダルまで、10分の船旅だ。
 海峡の幅は約2キロメートルあり、ちょうど真ん中辺りに、一隻の駆逐艦が停泊している。この海峡は、黒海からマルマ

 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 


















 あとがき

 ●●●●●あとがきの中身●●●●●
























 著者プロフィール

小林 清次(こばやし きよつぐ)

1965年 大阪府生まれ。大阪商業大学商経学部卒。会社員。
1987年 国鉄全線を完乗する。
1988年 香港・マカオ・中国を旅する。
1997年 トルコ・イスラエルを旅する。
趣味は、離島や温泉への旅。柔道(黒帯)、映画を見ること。
住所 〒584-0045 大阪府富田林市山中田町1丁目16-17






















本の誕生秘話

 ●●●●●本の誕生秘話の中身●●●●●























関連書籍の紹介

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読者感想文
みなさんからの素敵な感想文をお待ちしております。  編集部  
書き込みは
こちらからお願いします。
シャンバラのことは密教の世界で知り、大変興味があったので詳しく知ることが出来てよかったです。
ただ、現在、住所が安定してない状態なので連絡は難しいと思いますが何か協力できる事があればよいと思いました。
地底人と会える日を楽しみに待っています。  (T K 男性)