昭和天皇の大喪の礼、今上陛下の即位の礼、皇太子殿下の結婚式等の儀式を総括担当した宮内官、歌会始委員の歌う短歌、初の公刊歌集。
人の心を動かす歌の力は、言葉の意味・内容だけでなく、言葉の調べ、声の響きにやどる。
團伊玖磨はじめ8人の作曲家の協力による楽譜の収録。
短歌の再生を希求して、声の銀河系宇宙へ出発する。

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あとがき 著者profile 














 
         ●●●●●著者名●●●●●著





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                                   明窓出版



















   推薦の言葉
岡野弘彦氏推薦文

 まずこの歌集が「谷蟆は歌ふ」と名づけられているのが楽しい。あの異様なつらだましいを持った生き物は、遠い古代から日本人に強烈な印象を与えてきたらしい。
 「青雲の向伏すかぎり、谷ぐくのさ渡る極み」といった、この世の極限を示し、さらに向うの他界への憧憬をこめた、古代人の心の偉大さを示す表現が、奈良時代にはすでに固定していただろうと思われる。
 関東のヒキガエルは茶色の小型のものばかりが眼につくが、伊勢と大和の国境の山村に生まれた私は、漆黒の地にあざやかな朱色や黄色のまだら模様を散らした、地雷也の乗り物のような悠然として威厳のあるゴトヒキの姿に親しんでいるから、かの異類の持つ神秘の力を疑わない。殊にある年の初夏、紀州の龍神温泉の谷間で聞いた「谷ぐく」の大合唱は、真実に魂のふるえのようなすさまじい迫力であった。       後略


































  まえがき

●●●●●まえがきの中身●●●●●

























       目 次





谷蟆の歌
谷蟆
『谷蟆の歌』によせて 田谷 鋭
山彦の歌
  『山彦の歌』によせて 田谷 鋭
天雲の歌
  天雲
  『天雲の歌』によせて 吉野昌夫
白鳥の歌
  白鳥
楽譜
  日の御子の 作曲・團 伊玖磨
  たはむれに 作曲・平井哲三郎
  朝     作曲・近衛 秀健
  八月の庭  作曲・坂本 博士
  高殿の   作曲・東儀 俊美
  秋二題   作曲・藤井 大史
  父母よ   作曲・渡辺 浦人
  谷蟆の歌  作曲・芝  祐靖
あとがき




























飛鳥なる平田の字の山陵の祭のさなか谷蟆は鳴く


楽の音のたかまりゆきて高殿の棟につりたる灯火ゆれぬ



我が歌は谷蟆の歌あかねさす君が調べは高殿の風



磯近く囲はれしハマチ餌を競ひ沸るがごとく水面泡立つ



(阿多田島)

「カグアス」は、グァラニの言葉にて、大いなる草原、地名なり。機上より



山も無く海にも遠きカグアスに蛇行して光るパラグァイの河



陽に疎き側にやあらむ片方なる銀杏並木の葉は散りはてぬ


(不忍通り)
風乱ぐ夜の木立に光射し御車馳せて帰り給ひぬ



(東宮御所)



昭和五十一年六月二十六日、母死す。



「訃は梅雨の千羽鶴数折りあへず」とのくを添へて折り鶴を送りきたる郷里の人に



折り鶴を数珠輪とともに手に持ちて我が母マサノ旅立ちにけり



(紀尾井町)



酔ひたれど更に足らはぬものありて風吹く夜の街をさまよふ



(渋谷、新宿、赤坂辺り)



天皇陛下御誕辰御兼題「木蓮」(昭和五十五年)



木蓮の直きつぼみを温めてこの春の日も風は過ぎゆく



(赤坂御用地)



雨の夜半にあぢさゐ白く咲きにけり夫うしなひし人の垣根に



(元赤坂)



天皇陛下御誕辰御兼題「牡丹」(昭和五十七年)



十あまり三つ四つ咲ける緋牡丹の梢に一つ蕾ありけり



(宮殿石橋の間)



高殿の花の盛りに遅れ咲く紅梅かなし野に還されぬ



天皇陛下御誕辰御兼題「花見」(昭和五十八年)



四ツ谷にて車を降りて堀の上の夜の桜を見つつ帰りぬ



天皇陛下御誕辰御兼題「のどか」(昭和五十八年)



日だまりの堀あとのどか球を打つ音の遅れて聞え来るなり



(四ツ谷)



蝦夷松の山に明るき新緑の白樺のあたり時鳥なく



(八幡平)



雷の雨はあがりて山百合の風わたりゆく草千里原



(阿蘇)



たまひたす矢部の川瀬に釣りし日よせせらぎ未だ止まず聞こゆる



我が故郷は、八女なり。



故郷の麦の畑は青からむ雲雀の空は眩しかるらむ



地を発ちてすなはち天に向ひ行く若竹のごとく子等よ伸びゆけ



干城は、我が二男なり。



武者人形かざることなく十四年干城この夏わが丈を超えぬ



京都にありし頃



何故に深酒の朝の汝が額を冷すべきやと妻は応へぬ



遠き街の音聞きたるや鯉のぼり五月連休風吹きにけり



(新宿御苑)



駿河台の坂くだりゆく昼さがり陽炎高く瞼あたたかし



野火の炎冬の陽の中に逃げゆくを少年は打つ蛇の如くに



(八女)



天皇陛下御誕辰御兼題「うららか」(昭和六十年)



うららかなる祭の庭の白砂に楠葉ひとひら舞ひ降りにけり



(宮中三殿)



上 近正元首席楽長に



潔き大いなる蜂飛び去りて藤の花ぶさ揺れにけるかな



(仙洞御所)



街の灯の上に花火の揚りゐて彼方静けき駿河台見ゆ



(南箱根ダイヤランド)



天の川ながるる涯の海よりか懐しき風わたり来るなり



(同前)



鶯の朝の夢に鳴きいでて我が胸に満つ早春の歌



(元赤坂)



タンポポの綿毛は春の風のなか命ひとつをもちて舞ひゆく



(多摩川畔)



柏餅五月よき風吹きにけり快き飢ゑ心にありて



(元赤坂)



ひねもすを緑の風の中にゐて息をしてをる雨蛙かな



(赤坂御用地)



顔伏せて泳ぎてをれば矢部川の冷き水は悲しかりけり



祝歌うたひ納めて繰り出す博多の街の夏祭かな



津軽路は三日あまりの旅の間に山裾までも紅葉ひろがりぬ



枯落葉もみぢしたるは風の街まひ散る時もまた風の中



(赤坂離宮付近)



皇后陛下御誕辰御兼題「風ぐるま」(昭和六十二年)



父母よ遠き昔の風ぐるま想ひ致せば廻り候ふ



流れ星きえゆく際のつかの間の幼き祈り如何になりけむ



飛鳥なる平田の字の山陵の祭のさなか谷蟆は鳴く


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 




















 あとがき

  
 昭和五十年代の半ば、当時、皇太子であられた天皇陛下の侍従(東宮侍従)として、私は、東宮御所に勤務していた。東宮御所では、毎年、短歌の会が催されていた。


飛鳥なる平田の字の山陵の祭のさなか谷蟆は鳴く


 この歌会に出す短歌が木俣修先生の選に入ることが嬉しく、私は短歌を始めた。
 ある日、天皇陛下から、月次の詠進をするように、とのお言葉があった。躊躇する私に、昭和天皇はきっとお喜びになるでしょう、と重ねて強いお勧めがあった。月次の詠進は、天皇があらかじめお定めになった御題によって毎月、短歌を詠んで御手許に差し上げるもので、宮中では古くから月次歌会として行なわれている行事である。    後略

   























 著者プロフィール

本名 中島宝城
昭和10年福岡県生まれ。九州大学卒業。
宮内庁陵墓課長、東宮侍従、式部官を経て式部副長。
歌会始委員会委員。歌会始の儀等の宮中の儀式と雅楽を総括担当。
昭和天皇の大喪、天皇陛下の即位の礼・大嘗祭・皇太子殿下の立太子の礼・結婚式の儀式を担当した。
金の鳥音楽協会相談役
歌集『谷蟆の歌』、『山彦の歌』、『天雲の歌』(以上、明窓出版)。『宮中歌会始』(共著、毎日新聞社)






















本の誕生秘話

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関連書籍の紹介

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 読者感想文

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