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 落合恵子氏 講評 
鼻のつけ根がジンと痛くなるような作品、「捨てたもんじゃないな、この社会の二十一世紀」と深く頷きたくなる未来を予感させてくれる作品、ひととひととの柔らかな繋がりを感じさせてくれる作品等。どれもが心にやさしくしみました。

 その中から限られた数を選ぶのは、本当に辛いことでした。おかしな言い方ですが、どれも「いい作品」だと思いました。
それは、それぞれの作者が、心から「いとおしいもの」について、書いているからだと思います。

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本の誕生秘話 著者profile 関連書籍














 
         私のふるさと文庫 編





 心に残るふるさとの話


  一頁のふるさと 第二集




                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  まえがき


   はじめに

 この本のエッセイは、すべて二十世紀のふるさとについて書かれたものです。

「私のふるさと文庫」は二〇〇〇年に第四回を迎えました。
 毎年、全国から千数百編もの「ふるさと」がここ飛騨高山に集まります。
 どの作品にも、かけがえのないふるさとへの想いが、時代や風景を背景として人との繋がりの中に描かれており、読み進んでいくと、ふるさとが人間に与える影響の大きさを感じます。
 人の心に残るふるさとの思い出は、戦争や貧しさ、またそれぞれの事情もあって、決して楽しいことばかりではありません。しかしその中には人情がありました。自然があり、それを感じるゆとりがありました。そして「私のふるさと」として大切に心に刻んで、成長し巣立って行ったように思います。
 自然・地域・家族といったふるさと全体が、子供達に人間が生きていくために必要な力を教えてくれました。この力を「ふるさと力」と呼ぶなら、その後「ふるさと力」は大人になってからの活力となり、失意に沈んだ時には包容力となって、静かに温かく、豊かに包み込んでくれます。         後略

























       もくじ


はじめに

第一章 母へのありがとう
  朱色の雑巾               (山 梨) 飯島 修哉 12
  母と缶コーヒーと学駅          (徳 島) 藤田 謙二 15
  小間物屋のせがれ            (宮 城) 伊藤  勇 19
  除夜の雪おろし             (北海道) 早坂 彰二 22
  母の三つ編               (山 形) 高橋くらゑ 25
  卵焼き                 (愛 知) 武内 ゆり 28
  ありがとう私と母の「ふるさと」     (群 馬) 吉岡 宏子 31
  ふるさとの屋根             (山 梨) 中山 啓子 34
  母のおもてなし             (島 根) 秋松 洋子 37
  信州にて                (長 野) 多呂 恵子 40
第二章 ごっつお(味)
  花の日                 (兵 庫) 前川 正雄 44
  兄の背中とお好み焼き          (栃 木) 村田 睦美 47
  古里は食と共に             (岐 阜) 大前紀代子 50
  玉ねぎといちご             (大 分) 田中 美世 53
  ぼたもちの日              (神奈川) 白岩 信恵 56

第三章 世界で一番美しい場所
  洞円淵……自然も過去を忘れなかった   (大 分) 工藤 矩弘 60
  世界で一番美しい場所          (山 梨) 三石  鰍 63
  筑豊の桜                (福 岡) 松原 治美 66
  学びの田んぼ              (神奈川) 橋本 直子 69
  電話                  (奈 良) 筒井 愛子 72
  鍵                   (東 京) 足立 ユミ 75
  春の土嵐                (北海道) 高田外亀雄 78
第四章 祖母への手紙
  糸車の音                (静 岡) 山口 ルイ 82
  祖母への手紙              (島 根) 堀内三枝子 85
  ばあちゃんのふるさと高山        (岐 阜) 垣内  梓 88
  祖母からの百円札            (長 野) 龍口  宏 91
  おばあちゃんの昔話           (岩 手) 湊  保弘 94

第五章 カリフォルニアを越えて
  ふるさとは『暖炉』           (香 川) 国方  学 98
  英ちゃん                (岡 山) 原  雄吉 101
  蝉時雨の中で              (宮 崎) 井宮 悦子 105
  カリフォルニアを越えて         (米 国) 山下 寿朗 108
  自転車                 (秋 田) 林   亨 111
  平蔵どん                (鹿児島) 高山 広海 114

第六章 ふるさとのなまり
  無口な床屋と青いブラシ、そして名古屋弁 (愛 知) 片倉 哲郎 118
  大阪大好き               (大 阪) 井上 芳枝 121
  ふるさとのなまり            (栃 木) 大出 郁子 124

第七章 父の背中
  父の紙幣                (広 島) 内藤淳一郎 128
  父の背中                (広 島) きむらみどり 131
  花火の音                (愛 知) 森川 敦志 134
  父のぬくもり              (千 葉) 中村美枝子 137
  父の海                 (千 葉) 泉 あゆ美 140

第八章 幼い頃の思い出
  大岩のある池              (広 島) 岡田千賀子 144
  もう一度番台に座りたい         (東 京) 松本 仁美 147
  村の床屋さん              (愛 知) 茎田 明美 150
  小正月の頃               (静 岡) 糸口 信義 153
  幼い頃の思い出             (愛 知) 杉山  章 156
  故郷の空に抱かれて           (福 島) 伊東マサ子 159
  我が心のふるさと            (福 井) 大久保和夫 162
  カナリヤと先生             (東 京) 熱田ミハル 165
  平和の歌声               (福 井) 寒狭 百橋 168

第九章 旅立ちの朝
  涸沼一周                (茨 城) 木村 須美 172
  旅立ちの朝               (岐 阜) 枚丘 一朗 175
  春のおとずれ              (岐 阜) 垣内  梓 178

私のふるさと〜エッセイの舞台〜 182
私のふるさと文庫 入賞作品 184
「語り部ねっと」について 187
あとがき 188


























     第一章 母へのありがとう







    朱色の雑巾

                     飯島 修哉(62才 無職)


「雑巾、持ってこなかったの」
 学級委員の靖子にいわれて、私は下腹がキリリと痛んだ。雑巾持参のことは、気にかけていたし、忘れてはいなかった。クラスのなかで私だけということもわかっていた。
 山梨県のはずれにある、終戦後の僻村の小学校のことだ。私は父の勤めの関係で転校してきたばかりだった。村は空襲を受けなかったので、割に米や物資はあったが、私の家は甲府で大空襲にあい、灰儘に帰していた。食べるものはむろんのこと、雑巾にする布切れさえなく、生活に困窮していた。
 子供だった私は、そんな事情も知らずに学校から帰ると、早く雑巾をつくってくれるよう、毎日母に口をとがらせた。その内に雑巾がなければ学校に行かないとまでいいだしていた。すべて母の怠慢のせいにしていた。
 ある夜、便所に起きた私は、裸電球の下で、妹の産着をほぐしている母の姿をみた。寝ぼけまなこに、黄色い光に照らしだされた産着の朱色が色あざやかに映えて見えた。
「雑巾できたよ、遅くなってごめんね」
 翌朝、母はほおえみながら私に新聞包みを渡した。私は母に対する感謝の気持ちよりも、これで学校にいって恥ずかしい思いをしなくてすむことに、内心ほっとしていた。
 私は放課後の掃除の時間を心待ちにしていた。もうみんなの眼を気にする必要はなかった。自分の雑巾があった。
 靖子が私の前にくると、モンペのポケットからおずおずと布切れを取りだした。
「これ使って」
 差しだされたものをみると、それは雑巾だった。靖子は私が雑巾を持ってこれない実情を知っていたのである。靖子のやさしさにお礼をいわねばならないはずだったが、幼い私は誇らしげに自分の雑巾を掲げた。
「いいんだ。おれ、雑巾持ってきた」
 妹の産着から誕生した、およそ雑巾らしくない、あざやかな朱色の雑巾。
 その時、周囲から嘲笑がおこった。朱い雑巾なんて見たことがねえや、女の雑巾だ。
私はなんといっていいかわからず、雑巾を握ったまま立ちつくしていた。
 すると、靖子が声を張り上げた。
「どんな色の雑巾だって使えればいいよ」
 勉強のできる靖子の一声は、有無をいわせないものがあった。まわりの悪童たちは押し黙ってしまった。
 ところが掃除の時間になっても私は雑巾を使えなかった。朱い雑巾とはやしたてられたからではなく、うす暗い電灯の下で産着をほぐす母の後姿や妹の顔が眼にちらついたからだ。お乳の匂いがしみこんだ産着で汚れた廊下を拭くような気がしてならなかった。
 靖子の瞳が、これ使いなさい、といっていた。
 私はうなずくと、ねずみ色の雑巾に水を含ませ、力いっぱい絞った。不意に胸につきあげてくるものがあり、雑巾がにじんで見えた。
                                (山 梨)
    母と缶コーヒーと学駅  

                     藤田 謙二(52才 会社員)


 JRの最終列車で学駅に降り立った。
 古ぼけた駅前の風景がなぜかもの悲しさを漂わせていて、淋しい気が押し寄せて来た。 
 駅前の路地から、ひよい、と母が出て来た。
「帰って来たか」
 しわがれた母の小声が私の心をいっそう滅入らせた気がして悲しくなった。
「ああ。悪かったなあ、長いこと││」
 私は努めて力強く言ったつもりだったが、母と同じく小声になっていた。
「どうでもええが、元気やったらそれでええのや。帰ろうか」
 母は、家への道へと歩き出したが、ふと思い直したように止まると缶コーヒーを手渡した。
「飲んだらええ。まだ温いやろう」
「ありがとう」
 母から缶コーヒーを受け取ると、缶コーヒーの温かさを両の手の平で楽しんだ。
「早よう飲まんかいな。きらいか」
「いや。丁度ええ温かさやから手の平に気持ちええんや」
「そうか。早よう飲みや」
 そう言った母は、早く帰ると言わんばかりに足を早めて歩き出した。
 私は、缶コーヒーを飲みながら母の後を追った。
「学駅もなあ有名になって、入学の祝いやら御守りやらで入場券がよう売れるらしい」
「知っとるで、週刊誌やテレビで見たことある」
 学駅は、徳島本線の半ばほどにあった。入場券の「入」と学駅の「学」で「入学」と入場券に記されているから入学試験の御守りとなっている。
 それも五枚あれば「五入学」ですなわち「御入学」となる。
 踏切を南へと渡ると、目の前は四国山脈が迫って見える。北の方には少し低い阿讃山脈が連なり、その両山脈の間を四国三郎と言われている吉野川の清流が東西へ流れている。
「見てみ。二ツ森の桜。もう少しで満開や」
 母の指差す方向に小さな丘があって、桜の木が丘一面に植えられている様は見事だった。
「もう少しすると提灯がたくさん吊られて夜はきれいやで。それまで家におるか? 花見して帰るか」
「そうやなあ、ゆっくりしてもええなあ」
「そうか、ゆっくり出来るんかいな……」
 母の足が遅くなったかと思うと振り返って笑った。その笑顔が幼な子の顔のようで一瞬ドキリとした。
 高校を中退して家を出てもう五年になる。
 私の帰りを叱りもせずに喜んで笑う母の姿に、私は涙が溢れて止まらなかった。
「どないしたんや」
「何もない。早よう帰ろう、父ちゃんも待っとるやろう」
「そうや。でも少し体悪うしとる。今は、酒も飲めんけど一口ぐらいは付き合うやろ」
「うん……。体悪いんか。父ちゃん……」
 母と二人して満月の道を家へと歩いた。
                                (徳 島)









    小間物屋のせがれ

                     伊藤  勇(48才 自営業)


 生家は細々と小間物屋を営んでいた。村に店らしい店は少なく、村人達は立ち寄ってはお茶をすすりながら、世間話に花を咲かせた。
 まだ言葉も話せない幼い私は、何も買わずに帰ろうとする客の手や足に噛みついては、商品棚の方に引っ張って行き、何かしら買わせたという。が、私は覚えていない。
「まっだくおめえにゃ負げだよ、行ぐたんびたんび糸さ買わされづまっだ」と、近所の年寄り達からは、顔を合わす度にその話を聞かされたが、私はただ苦笑する他なかった。
 私が貧しさを意識した一番古い記憶は、母と二人で囲む食卓でのことだ。ちゃぶ台の上には、どんぶりに山と盛られた漬け物と、玉子が一つだけ置いてあった。
「おらあ、いづも食っでっがら今日は母ちゃん食え」と私は玉子を差し出したが母は、「母ちゃんはええ」と、言って食べようとはせず、押し問答の末、母は隠すように涙を拭うと、「半分ずっこな」とやっと折れた。
 初めて見る母の涙は幼心に深く刻まれ、母を泣かせた貧乏を親の敵のように思い、ひたすら貧乏と戦った子供時代だった。
 村の相撲大会では母の喜ぶ顔が見たさに、一心不乱に戦っては勝ち、勝っては村の代表として近隣の村々に遠征し、商品を持ち帰り誇らしげに母に渡した。文具や洗剤など決して高価な物ではなかったが、母は喜んでくれた。そして良くやったと誉めてくれた。
 その頃の強豪達は皆、その面構えや身なりから、自分と同じ貧乏人の子だとすぐわかった。それでも負けるわけにはいかなかった。
 中学を終えると私は上京し、働きながら定時制高校に通うことになった。
 昭和四十年代、高度成長のまっただ中、田舎者の私は都会の豊かさに度肝を抜かれた。いつしか魂も抜かれ、己をも見失い、留年を操り返し、大学受験には失敗した。それでも虚勢を張り、相撲で鍛えた腕力すら、時にその使い道を誤った。
 そんな生活が長く続くはずもなく、私は一文無しでふるさとに舞い戻った。母も兄嫁も優しく迎えてくれたが、居たたまれず家の前を流れる北上川の堤防に上がった。
 所在なく川面を眺めると、兄達と競うように鰻を捕った日々が甦ってくる。
 後ろを振り向けば、相撲を取った神社の森が、どじょうを捕った田んぼが見えた。草むらに腰を降ろせば、イナゴを捕った処だった。それらは皆売る為だった。鰻は隣の町の病院へ売りに行った。全ては貧乏が強いたことだったが、その何れもが楽しく思い出された。
 私が失っていたもの全てを取り戻すのに時間は要らなかった。ふるさとの思い出は、再び上京した私が道を踏み外す事を許さなかった。そして親となった今ならわかる。母を泣かせたのは、貧乏ではなかったと。母を喜ばせたのは、私が勝ち取った商品ではなかったと。


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 

















    あとがき…………秋三景


 読書の秋、食欲の秋と世間は言うけれど私にとっては今「憂愁の秋」真っ盛りである。それと言うのも選考の大役を終えた今でも、本当にこれで良かったのだろうかという迷いが残っているからだ。応募作品は選考が進むにつれ次第に心に染み渡る作品が多くなり、甲乙つけ難い作業が続くからである。
 例えば一つの作品を五人の委員が五段階で選考するとする。無論、五が最高点であるが、結果を見ると見事に一〜五に分かれていることも稀ではない。それは選考委員の世代の差、男女差、生きて来た環境の差等が投影されるからであろう。「ふるさと」とはその人だけが想いえがいてきた、たった一つだけの心の居場所である。私たちがその人の気持ちになってその作品の中に入り込めない以上、この「憂愁の秋」は来年も続くことだろう。     後略
























 著者プロフィール

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本の誕生秘話

 
 「私のふるさと文庫」入賞作品

第三回(平成十一年度)応募総数 一、三七七編
   最優秀賞 母と缶コーヒーと学駅     徳島県  藤田 謙二
   優秀賞  ばあちゃんのふるさと高山   岐阜県  垣内  梓
   佳 作  小間物屋のせがれ       埼玉県  伊藤  勇
        大岩のある池         広島県  岡田千賀子
        学びの田んぼ         神奈川県 橋本 直子
   高山賞  ばあちゃんのふるさと高山   岐阜県  垣内  梓


第四回(平成十二年度)応募総数 一、一〇〇編
   最優秀賞 朱色の雑巾          埼玉県  飯島 修哉
   優秀賞  ふるさとは『暖炉』      愛知県  国方  学
   佳 作  英ちゃん           岡山県  形山巳喜夫
        無口な床屋と青いブラシそして名古屋弁 東京都  片倉 哲郎
        糸車の音           東京都  山口 ルイ
   高山賞  春のおとずれ         岐阜県  垣内  梓

選考について    第一・二・三次と選考を重ね、最終選考を行った
 選考委員長     作家  落合 恵子
 第三次選考委員   井藤 智美、喜来 玲子、工藤 矩弘、平緒 宣子、柚原 君子
 第一・二次選考委員 工藤 真武、工藤 史子、新井 美保、加藤 扶美代、小山 聡子
























関連書籍の紹介

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 読者感想文

   「心に残るふるさとの話」第二集をご送付いただきありがとうございました。本当に良い本ですね。
  飯島さん作「朱色の雑巾」を読み、亡き母を想い出しました。特に感動したのは、代表工藤氏の<あとがき>です。さすがはプロ!…一気に読み終わってしまいました。ずしりとわが心にひびいて離れようとはしないのです。お礼を申し上げます。   (横浜市 F)