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  薔薇の花をこよなく愛する国イラン。
紫荊(香港蘭・ソシンカ)が政庁の花である香港……。
イランと香港に暮らした日本女性の日常を軽やかに綴る。
唖然としたり、日本の良い点、悪い点を改めて思い知らされたり。
異郷でのさまざまな体験が、人を成長させる。

前書き 目次 本文70%

あとがき 感想BBS 著者profile
Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved













 
         山藤惠美子 著





 薔薇のイランから 紫荊の香港から


 −あなたへの手紙−

    愛する夫 卓へ 感謝を込めて

    薔薇の花をこよなく愛する国イラン、紫荊(香港蘭・ソシンカ)の花が政庁の花、
   お金にコピーされた花である香港。
    題名は「薔薇のイランから 紫荊の香港から−あなたへの手紙−」としました。



                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●●●●●●

































     まえがき


 私のこれまでの海外滞在体験は、テヘランと香港の二ケ所。テヘランは一九八一年十二月から一九八三年五月までの約一年半、香港は一九九二年十月から一九九五年七月の約二年半。どちらもNECに勤務していた夫の赴任に伴っての滞在でした。
 当時のイランはイスラムの坊さん(正確にはイスラム法学者)政権がそれ迄の皇帝(シャー)パーレビを追放し、帝政を打倒したイスラム革命 (一九七九年二月十一日成立)後、まだホメイニ存命中のイラン・イラク戦争(一九八〇年九月〜一九八八年八月)の最中、一方、香港は一九九七年の英国から中国への返還目前という、共に歴史的にも特筆される時でした。
私は現在四人の子供と、四人の孫持ちの一主婦。高校卒業六ケ月後、十八歳の私は九歳年上の夫と結婚し、彼の両親と同居しました(夫と私の両親は従兄弟同士という血族結婚)。結婚当初は夫の両親に加え、小学校一年生だった夫の姉の息子も故あって三年間同居でした。従ってその結婚生活は決して甘いものではなく、夫が末子(六男)という事もあり、彼の兄姉、兄嫁達の出入りは頻繁、それに纏わる人間関係も複雑で、そうした日々の中、心傷つき泣く事もしばしばでした。    後略y

























…………薔薇のイランから 紫荊の香港から \あなたへの手紙\ 目次…………


 まえがき ……………… 3

《第一部 薔薇のイランから》
一  テヘラン到着 ……………… 15
二  エシュテバ/ルサリー/食品/家の事 ……………… 19
三  住所/交差点に立つ人々/大家/イラン料理 ……………… 25
四  荷物引き取り/子供達と勉強/ファルシー ……………… 29
五  間違い電話/スキー/店 ……………… 32
六  交通/女性蔑視 ……………… 36
七  お客様/風邪 ……………… 39
八  通学/銃/雪 ……………… 41
九  イラン古典音楽/銃声 ……………… 44
一〇 大家招待/チャドール ……………… 47
一一 シーラーズ(シーラーズ旅行記一) ……………… 53
一二 ダリウスの墓/キュロスの墓(シーラーズ旅行記二) ……………… 58
一三 ペルセポリス(シーラーズ旅行記三) ……………… 62
一四 缶ジュース/ホテル(シーラーズ旅行記四) ……………… 68
一五 カンパン/砂漠(シーラーズ旅行記五) ……………… 70
一六 鼠騒動 ……………… 74
一七 経済状態 ……………… 77
一八 子供達行方不明 ……………… 80
一九 夫の乗った飛行機行方不明 ……………… 83
二〇 アサダバッドへ(アサダバッド旅行記一) ……………… 85
二一 ビーストゥーン(アサダバッド旅行記二) ……………… 89
二二 アシュラフ王女の城(アサダバッド旅行記三) ……………… 95
二三 イスラムの締め付け ……………… 100
二四 イスラム ……………… 104
二五 テヘランに於ける日本人社会 ……………… 111
二六 トゥートゥ/バラ/塀の中 ……………… 116
二七 プール/悪魔の土地 ……………… 118
二八 果物/戦争/お葬式 ……………… 122
二九 出発/フランクフルト(ヨーロッパ旅行記一) ……………… 126
三〇 ライン下り(ヨーロッパ旅行記二) ……………… 130
三一 シュテーデル美術館/ゲーテハウス(ヨーロッパ旅行記三) ……………… 135
三二 ロンドン塔/ロンドン橋(ヨーロッパ旅行記四) ……………… 140
三三 衛兵交替/大英博物館/ミュージカル(ヨーロッパ旅行記五) ……………… 145
三四 グリンデルワルド(ヨーロッパ旅行記六) ……………… 150
三五 ルツェルン/ミュンヘン/買い物(ヨーロッパ旅行記七) ……………… 155
三六 通関/ルミ子の訴え(ヨーロッパ旅行記八) ……………… 162
三七 送別会/国際結婚 ……………… 166
三八 ピアノ運搬/タブリーズ ……………… 171
三九 仁の家出 ……………… 173
四〇 セパ広場の爆発/長雨 ……………… 176
四一 アシュラ/ガール・アリー・サドル/音楽会 ……………… 181
四二 仁帰国/クリスマス一年会 ……………… 186
四三 エスファハーン旅行 ……………… 189
四四 新年会/スノーボート ……………… 194
四五 夫の脳梗塞発作 ……………… 197
四六 パルトビさんの結婚式 ……………… 200
四七 ムハンマド ……………… 204
四八 引き上げ ……………… 206

《第二部 紫荊の香港から》 
一  香港到着/国境/アバディーン/指紋押捺 ……………… 211
二  レジの女店員/公園/動植物園/赤柱(スタンレー) ……………… 217
三  女人街/男人街/銀婚式 ……………… 221
四  コーラス入部/レジの店員再考/郵便局 ……………… 225
五  スリ ……………… 229
六  船の命名式パーティ/香港人の結婚式 ……………… 234
七  滞在三ヶ月の感想 ……………… 240
八  引っ越し/チャリティー音楽会 ……………… 244
九  体感温度/青山古寺/流浮山 ……………… 247
一〇 飛行場の滑走路見物/香港の花 ……………… 251
一一 文化考 ……………… 256
一二 物価/街市/四人の子供来港 ……………… 260
一三 フルー/御成婚を見よう/香港の歴史/香港のオバアサン ……………… 265
一四 広東語/食事のマナー ……………… 270
一五 南Y島/男女の生態 ……………… 274
一六 ドラゴンボートレース/在香港日本人婦人の生態 ……………… 276
一七 ケヴィン君/名前/卍/銀行強盗事件 ……………… 280
二一 賞月/秋の音楽祭/会社の婦人会 ……………… 300
二二 米国人接待/悪友との日々/結婚記念日 ……………… 304
二三 台風/中華航空機墜落 ……………… 308
二四 飛行機旅行/主婦業/排水詰まり/カクテル ……………… 310
二五 チャリティコンサート/ルミ子の結婚式/香港科学館 ……………… 314
二六 大尾篤/ヌーンディ・ガン/シンドラーズリスト ……………… 319
二七 マカオ旅行 ……………… 323
二八 陽明山荘/ファクトリーアウトレット/李鄭屋博物館 ……………… 328
二九 民意/BBQ ……………… 332
三〇 飛行機の席/ぬるま湯(プエルトアズール旅行記一) ……………… 336
三一 夕焼け/楽隊(プエルトアズール旅行記二) ……………… 343
三二 コレラ騒動/ナイトクルーズ ……………… 349
三三 天候/返還問題(選挙、警察、鉄道) ……………… 353
三四 コーラス/香港の台湾村 ……………… 357
三五 ホテルに着くまで/桂林/漓江下り一(桂林旅行記一) ……………… 361
三六 漓江下り二/少数民族ショー(桂林旅行記二) ……………… 366
三七 市内観光/電気気功/政治談義(桂林旅行記三) ……………… 373
三八 多忙/旅行三昧の訳/地震 ……………… 377
三九 帰国決定/円高 ……………… 380
四〇 西安/城壁/八路軍記念館/仲麻呂の碑/兵馬俑抗(西安旅行記一) ……………… 383
四一 始皇帝陵/華清池/半坡博物館/大雁塔/陝西歴史博物館(西安旅行記二)……………… 389
四二 碑林/土産物工場/唐楽宮/中華思想/外人値段(西安旅行記三) ……………… 395
四三 広州旅行 ……………… 400
四四 ホテル暮らし/引き上げ ……………… 405

 あとがき ……………… 411


























 第一部 薔薇のイランから






 第一段 テヘラン到着     ー八二年一月五日(火)ー


 日本の皆様 サラマレイコン(今日は)。日本出発の折りには色々とお世話になりましたが、お陰様で一家六人揃ってテヘランのお正月を迎える事が出来ました。ようやく時差(五時間半)ボケも直り、こうして手紙を書く余裕が出てきました。
 往路のIR(イランエア)には参りました。ただでさえ、初めての未知の異国への旅で不安一杯なのに、狭い所に十五時間も押し込められ、絶えずゴォーッという音を聞かされ、乗務員のイラニー(イラン人)達は、昼間のサービスではニコリともせず(イスラムでは女性が他人に微笑む事は罪となる由)、夜になると空いている客席の肘掛けを上げて横になって寝てしまって全く頼りにならず、安心は得られませんでした。四人の子供達(仁十三歳、ルミ子十一歳、エリ子九歳、ありさ七歳)と私にとって生まれて初めての飛行機の旅でした。途中の寄港は北京に給油の為、一度止まっただけでした。はてさてこれから私達にはどんな生活が待ち受けているのでしょうか?
 イランの首都テヘランのメヘラバード空港に、二時間遅れで夜十時着。飛行機のタラップを降りると、初めてのムッとした何か石油の様な異様な臭いを感じ、やがて灯りのない飛行場内バスに乗せられ真っ暗闇の中、テヘラン入り第一の経験となる入国検査の為、空港建物に連れて行かれました。通関検査場の中に夫と、夫の勤める現地事務所のイラン人傭人、カゼロニ老人の顔が見えました。私はこれから先の不安感が和らいでホッとしました。二人は普通では、旅客以外が絶対に入れない所に、私達の為に大変な苦労の末入ったという事を後で聞きました。カゼロニさんは片目が飛び出た様な一見怖い顔をしたおじいさん。でも夫と仕事には忠実で、とても良く働く優しくて賢い人との事。四角いロシア帽子を被っています。彼は私の頭を見て夫に何か英語でまくし立てます。「分かっている、分かっている」と夫は私にスカーフを被る様にと。日本から荷物のポケットの一番出しやすい所に用意して来たスカーフを「ここぞ!」と取り出し、まず自分が急いで被り、女の子三人にも被せました。
 財布を調べる所は、男と女に振り分けられたので、男の子の仁とは離れ離れに。私達女はカーテンで隠された閉所で一人一人検査を受けるのですが、子供が怖がるので「四人一緒に入るのよ」と言い聞かせ、皆でサッと中に入りました。黒いチャドール(全身を覆う被り物)を深く被り、女だてらに髭を生やしたまま(イスラムの掟で)の、化粧気ゼロの眼鏡をかけた検査官は、私のハンドバックをひっくり返し、財布のお金を一枚ずつ数え、パスポートの裏の見開きにその額を記載する(出国の時照合する為)のですが、その動作の緩慢な事。狭い場所に四人一緒なのでムンムンする。次に、せっかく被ったスカーフを取れと言う。お金(ドル)を隠していないか疑っているのです。次に「靴を脱げ」と。言われた通りに脱ぐと、「子供も脱ぐのだ」と。子供達も怪訝な顔で脱ぐ。靴の中からも何も出てこないと知ると、次はコートを脱がされ身体全体を、そんな所までもとびっくりする様な所までくまなく触られる。同じ女性とは言いながら非常に腹立たしい。けれどもここで喧嘩しても始まらない。顔で笑って心で怒る。子供達三人もくすぐったいと言いながら触られる。少し若いもう一人の検査官が笑いながら一番小さいありさの頬を可愛がる感じで指で摘む。次に次女のエリ子、長女のルミ子の頬も。そして最後には「お名前は?」という感じのジェスチャー。やはり子供は可愛いいらしい。検査官は英語を全く話さないし、こちらはファルシー(ペルシア語)を知らないから、無言のままニコニコしていただけだが、万人共通の心の交流が出来たのか、東洋からの女の子達の来訪に珍しい事に微笑みを返してくれたのでした。パスポートの写真と子供の顔を見比べて、笑顔で子供の頬を引っ張りながら「ルミ子?」「エリ子?」「ありさ?」と抑揚の違う発音で一人一人を確認しました。「こちらでは可愛いと頬を引っ張るのよ」と私が説明すると、驚いていた子供達も苦笑い。
 先に検査の終わった仁と合流して荷物検査。沢山の荷物を全部ひっくり返して一番下の底の方に手をつっこんで、引っかき回し、子供の玩具の、小さな箱の中まで全部開けて丹念に見て、見終わっても、物がはみ出したままで、元に戻そうともしない。下着等は新しい物を多量に持っていると「売るのだろう」と取り上げられるので、予め分散しておいたので無事でした。が、仁の大切なトロンボーン(家の車を売ってやっと買った)を取り上げられてしまいました。七、八人の貧相な製服も着ていない髭もじゃ男が集まってきて「駄目、駄目」を繰り返す。夫が英語で、それをカゼロニさんがファルシーに訳して「学校で使うんだ」「ブラスバンド部なんだ」「本人が自分で使うんだ」と説明する。それは買ったばかりでまだビニールが

 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 


















    あとがき


 この「手紙」は二ヶ所の海外赴任当時私自身の慰め場所でした。二四〜二五通も出すと「下手な鉄砲……」で日本から返事がよく来ました。その手紙の数々に励まされ、私は海外生活を何とか乗り切る事ができたのでした(手紙を下さった方々あり難う)。
 テヘランの時は私と夫は丁度女と男の厄年(三三才、四二才)で私は定期的に病気になるし、夫は脳梗塞まで起こしました。又子供達もまだ幼く、気の抜けない時期でした。「手紙」にも記した通り、当時のイランは、革命の後で更に隣国との戦争中という悪条件が揃っていました。若い私は初の海外体験に、何でもかんでも日本の方が良く思われ、何かにつけ、その異文化との差に腹を立てていました。最初の空港チェックから最後の空港チェックまでといった感じ。    後略






















 著者プロフィール

山藤惠美子( やまふじ えみこ )

1949年    富士市大渕に生まれる
1981年〜83年 夫に帯同、イラン国テヘラン市に滞在
1992年〜95年 同じく英国領香港に滞在
1998年    放送大学「人間の探求」コース卒業

研究論文として「源氏物語に表象される恋愛観」、童話の試作として「ナスカ」がある。






















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