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 皇帝は多くの仕事を抱えながらも、寵臣イヴラーヒンの動向に常に気を配り、彼の成長ぶりやその行動についてお世辞まじりの説明を受けていた。
ピヨートルはそれに満足して喜び、ロシアに帰ってくるようにすすめた。
(前略)あらゆる歴史的伝承を検証しても、その時代のフランスは、軽薄で、愚劣で、贅沢さでは他の時代とは較べようもなかった。
ルイ十四世の治世は敬虔で、重厚で、宮廷の行儀作法が行き届いていたのに、そんな形跡は何一つ残っていなかった。   (後略)

前書き 目次 本文70% あとがき 感想BBS 本の誕生秘話

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Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved






























   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  まえがき

●●●●●まえがきの中身●●●●●

























       目 次




●●●●●目次の中身●●●●●




























 ピョートル大帝が国の変革期に必要とする若者を外国で知識を学ばせようと派遣した者の中に、洗礼の名付け親となってやった黒人のイヴラーヒンがいた。彼はパリの陸軍士官学校で教育を受け、砲兵大尉で卒業し、スペインとの戦争で功績をあげたが重傷を負ってパリに帰ってきた。
 皇帝は多くの仕事をかかえながらも、寵臣イヴラーヒンの動向に常に気を配り、彼の成長ぶりやその行動についてお世辞まじりの説明を受けていた。ピョートルはそれに満足して喜び、ロシアに帰ってくるようにすすめた。
 しかしイヴラーヒンは急いで帰ろうとしなかった。いろいろな理由をつけ手紙を書き、あるときは受けた傷のことで、あるときは自分の教育をまっとうしたいとか、又あるときはお金がないとかあらゆる言い訳を書いたが、ピョートルは、その熱心な勉学態度を喜び、自分の出費についてはいたって倹約家であったが、彼に対しては金をけちらず、その望みに応じ、「体に気をつけるように」と金貨を添えて父親のような忠告と注意深い訓戒をつけて手紙を送った。

 あらゆる歴史的伝承を検証しても、その時代のフランスは、軽薄で、愚劣で、ぜいたくさでは他の時代とは較べようもなかった。
 ルイ十四世の治世は敬虔で、重厚で、宮廷の行儀作法が行きとどいていたのに、そんな形跡は何一つ残っていなかった。1オルレアン公は人の言うことをよく聞き、すぐれた人材をまわりに集めていたが、不幸なことに何ごとにつけてもあけっぴろげで、偽善の影すらもちあわせなかった。
 パレ・ロワイヤルでの乱痴気騒ぎはパリでは知らぬ者はなかったし、その風潮はずっと伝染していった。
 この時代を2ジョン ローが代表しているが、金銭の貪欲さを快楽と気晴らしに飢えた風潮と合体し、財産は浪費され、道徳は地におち、フランス人は笑ったり、金勘定に走ったり、王国は落語の寄席のように、そのおどけを繰り返してばらばらになっていた。

 一方、社交界は娯楽が最高潮に達していた。文化や娯楽はあらゆる階層を一つにした。富、社交、名声、能力、そして風変わりな行いすべてが好奇心の対象となり、あるいは楽しみを約束し、同じような享楽にふけった。文学、学問及び哲学は、静かな研究をやめ、流行に気をつかい、流行をわがものとする大きな世界のサークル活動に身を投じるようになった。
 社会は女性が支配するようになったが、結果、彼女たちは一切崇拝されなくなった。表面だけのいんぎんさがかつて女性に示された深い敬愛にとってかわった。往時のアテネの将軍とも言うべき、3リシュリー公の冗談なんぞは一と昔前の、その時代の道徳だと軽く片づけられるようになってしまった。

  幸福のとき、放縦だけが目立ち
  狂気は鐘をうち、フランスにふわふわ
  人は信心には目をそむけ
  改悛以外のあらゆることに手をつけた。

 折しもイヴラーヒンの出現、その顔つき、教養、身についたインテリジェンスはパリ中の注意をひき興奮させた。婦人たちは自分の家に「ツアーリの黒んぼ」を見てみたいと思い、彼の歓心を買いたいとお互いに競いあった。攝政は自分の夜の歓楽パーティーに一度ならず招待した。
 攝政は若い4ボルテールや、年寄りの5ショーリューを配し、6モンテスキューや7ホントネーリーの会話で夕食を活発に盛り上げていた。イヴラーヒンはどの舞踏会、祭日、第一夜をのがすこともなく、自分の年齢と性格からくる情熱の旋風に身をまかせていた。

 しかしこの気晴らしや、すばらしい楽しみをペテルプルグの宮廷でのきびしい単純さと比較する想いがイヴラーヒンのロシアへの帰国をためらわせたのではなく、他の強い理由が彼をパリに結びつけていたのである。この若いアフリカ人は恋をしていたのだ。

 D伯爵夫人は若くはなかったが、その美しさはよく知られていた。十七才で修道院を出ると彼女は恋を知る間もないうちにある男と結婚したが、その男は結婚後も彼女の愛を得る努力をしなかった。彼女には数人の愛人がいるという噂がたっていたが、こんなことは普通の道楽であり、彼女にはこれまで馬鹿げたスキャンダルをともなった冒険で責められるような事件がなかったので世間の評判はよかった。
 彼女はしゃれた家に住んでいたので、パリの上流社交界は会合の場所にと度々使っていた。彼女の最近の恋人だと思われていた若いメルビルがイヴラーヒンを紹介し、紹介状の中ではイヴラーヒンが、信用できる人物であることを十分に説明されていた。
 伯爵夫人はイヴラーヒンを丁寧に、しかしさしたる注意も払わずに受け入れたが、このことがイヴラーヒンにかすかな希望を抱かせた。普通若いニグロは好奇心の目で見られていた。
 人々は彼をかこんでほめ言葉や、質問をして彼を圧倒したため、うわべの優雅さの陰にかくれてわからない筈だったが、このような好奇心は彼の自尊心を傷つけることになった。女性が喜んで注目してくれるのは皆、好奇心をかくすための努力だったが、イヴラーヒンにとっては、それは楽しみではなく、心がいたみ怒りさえ感じるものであった。
 彼は女性にとっては、めずらしい動物、特に変わったものであり、もっと言えば間違ってこの世にもたらされた産物ということであり、彼にとってとても受け入れられるものではなかった。彼はひっそりと気づかれない人のことをうらやみ、無意味なことをかえって幸福だと考えていた。

 世間が彼に情熱を相互にやりとりすることを許さないという考えがうぬぼれや高慢になることなく彼を救い、そういう態度が女性にとってはなはだ魅力的なものだった。彼の会話は落ちついて気品があり、間断なく言われる冗談やフランス流ウィットのするどいあてこすりにいささかうんざりしていたD伯爵夫人の好みに合った。
 彼女は少しずつ若い黒人の容貌を気にすることがなくなり、客室の中の金箔をふりかけたかずらの中で黒い巻毛の頭が動くのを見るのが好ましくさえなってきた。(イヴラーヒンは頭に傷がありかつらのかわりに繃帯を巻いていた。)彼は二十七才で背丈が高くすらっとしていて、そのせいか好奇心よりは何かこびへつらう感じで彼を見る美人が少なからずあった。だが、偏見をいだいていたイヴラーヒンは何も気づかないようにし、そのことは単なる恋愛遊戯と考えることにしていた。
 他方彼の目が伯爵夫人の目と合うと、とたんに彼の不信感は消えた。彼女のまなざしは優しく、彼に対する態度はさりげなく自然で恋愛遊戯やからかいの片鱗も見えはしなかった。

 恋愛感情こそ彼の頭の中にはなかったが、毎日の伯爵夫人との逢い引きは彼にとっては欠かせないものとなった。彼はいつも彼女との逢う瀬を求めており、それが叶えられるといつも彼は天からの自然の恵みと思った。
 一方伯爵夫人は、彼の感情をいつも見抜いていた。打算やかけひきのない愛は、あらゆる誘惑の悪だくみにまさって女性の心を感動させるものである。イヴラーヒンが居るところでは伯爵夫人は彼の挙動を注視し、彼の言うことにじっと耳を傾けており、彼が居ないところではじっともの思いにふけったり、いつもの放心癖に落ち込んだりしていた。……

 彼等がお互いに好き合っているのを最初に気づいたのはメルヴィルで、彼はイヴラーヒンを大いにほめた。関係のない人たちから勇気づけられることはますます愛の炎を燃やすことになる。
 愛は盲目であり、確たる自信のないときにはどのような支えにもすがりつくものである。メルヴィルの言葉はイヴラーヒンを目覚めさせた。愛する女を持ったという確信は今までの彼の考えにはなかったが、突然ある希望が彼の心を燃え上がらせ、恋に溺れさせてしまった。彼の情熱と狂気に驚いた伯爵夫人は、もっと落ちつくようにと、やさしくたしなめた。そういう彼女自身ももろくなっていた。さりげない好意のやりとりがしばしばとり交わされるようになっていった。彼の情熱の力に押され、彼女自身もふるいたち、結局なるようになってしまった。
 さて、社交界の探索の目は何でも見つけてしまう。伯爵夫人の新たな密通はただちに皆の知るところとなった。ある淑女たちは彼女の選択に驚いたが大多数はそれは当然の帰結だと考えた。ある者は嘲笑い、ある者は夫人の無思慮は許しがたいと考えた。ひととおり口さがないさえずりが過ぎ去ってしまうと、イヴラーヒンと伯爵夫人のことはすぐに男たちのあいまいな冗談の種、女たちのとげある話題となった。
 イヴラーヒンは今まで礼儀正しく、よそよそした態度を保っていたので、この種の攻撃から守られていたが、内心はいらいらしてどのように押し返したらよいかわからなかった。
 伯爵夫人は尊敬されることに慣れていたので、ゴシップや悪意に満ちた噂話の対象になることは耐えられなかった。彼女は涙ながらにイヴラーヒンに苦情を言い、時には激しく彼を責め、少しも彼女を守ってくれないのを嘆き、そのためかえってスキャンダルの火をあおり、すっかり自分自身を駄目にしてしまった。

 新しい状況が彼女の立場を更に複雑にした。軽はずみな愛の結晶が徐々に目立つようになってきた。あらゆる手をつくして彼女を安心させ、助言、提案を試みたが無駄だった。伯爵夫人は破滅以外何も考えず逃れようもない絶望感でその日を待った。

 伯爵夫人の外見がはっきりしてくるとゴシップが再び活発に交わされはじめた。敏感な社交夫人たちはさも恐ろしげに話し、男たちは、生まれてくるのが白い子供か黒い子供かの賭けをし始めた。パリの中で彼女の夫だけが何もしらず疑ってもいないという状況の中で、噂ばかりがどんどんはびこり出した。
                       後略
 いよいよ運命の瞬間が近づいてきた。伯爵夫人にとってそれは恐ろしいときであった。イヴラーヒンは彼女に毎日つき添っていた。彼には彼女の精神も肉体も次第に弱ってゆくのがわかった。彼女の涙、彼女の恐怖はずっとつづいていた。
 やがて彼女は最初の痛みを感じた。急いで口実を設け、伯爵を旅に出した。医者が到着した。その二日前に、ある貧しい女性の新生児を見知らぬ人に引き渡すよう説得し、信頼できる人にその新生児を引きとりにやらせた。イヴラーヒンは可哀そうな伯爵夫人の寝室の隣りの書斎に居た。押し殺したような伯爵夫人のうめき声や女中のひそひそ声、医者の指示の声を息をひそめて聞いていた。彼女の苦痛は長びいた。うめき声のたびに彼の心臓は引きさかれる想いだったし、そのくせ静寂がつづくと今度は恐ろしさが彼を苦しめた。
……突然弱々しい乳児の泣き声がした。彼は喜びを押さえられず寝室に飛び込んだ。一人の黒い乳児が彼女の足もとに横たわっていた。イヴラーヒンは乳児に近づいた。彼の心臓はどきどきしていた。彼はふるえる手で自分の息子を祝福した。伯爵夫人は弱々しく笑い、かぼそい手を伸ばした……。
 しかし医者は患者が興奮しすぎるのを恐れてイヴラーヒンをベッドから離した。新しく生まれた乳児はバスケットに入れられ、フタをしたまま秘密の階段を通って家の外に運ばれた。別の乳児が連れてこられ伯爵夫人の寝室に置かれた。イヴラーヒンは安心してその場を去った。
 そろそろ伯爵の帰る時間であった。帰り着くと彼は妻が無事に出産したのを知って満足した。こうなると社交界は、くすぐったいようなスキャンダルを予想していたのが、見事にはぐらかされ、ただ陰で悪口を言うことだけでなんとなく終わってしまった。

 以前と同じような生活がまた始まった。けれどもイヴラーヒンは、伯爵夫人との親しい関係はおそかれ早かれD伯爵に知られてしまうだろうと感じていた。その場合、伯爵夫人の破滅は決して避けられないだろう。彼は恋い焦がれていたし、情熱的に愛されてもいたが、伯爵夫人は頑固で、気まぐれなところがあった。加えてこれは彼女の最初の情事ではない。感情の変化、憎悪がつのると彼女の心にある優しい気持ちまで変わってしまう。
 イヴラーヒンは彼女が冷淡になった時のことを想像してみた。今まで彼は嫉妬心というものを知らなかったが、今はその恐ろしさを感じ、それと較べると別れのつらさはそれほど強くはないし、不運な密通をやめ、パリを離れ、ピョートルとぼんやりした個人的な義務感で召喚されているロシアに出発しようと考えるようになった。


     2


                   美が人の心をとりこにすることはない。
                    喜びは、以前こおどりした喜びももはやない。
                    あるいは私の空想も自由とは言えない。
                    あるいは精神もよりもよく戦えないだろう。
                    名誉を求める望みによって今は苦しめられる。
                    栄光の音の響きが私を呼び寄せる。(8デルジャーヴイン)

 月日が過ぎていったが熱に浮かされたイヴラーヒンはどうしても別れを告げることはできずにいた。伯爵夫人は彼のことを以前に増して慕うようになっていた。彼等の息子は遠くの県で育てられていた。社交界のゴシップはだんだん鎮静化していったので二人は過去の混乱や未来のことは考えないようにして、今の平安なことのみを考えるようにしていた。
 或る日イヴラーヒンはオルレアン公の謁見の場にいた。立ち去ろうとするとき、公は彼を呼びとめ、暇なときに読むようにと一通の手紙を渡した。それはピョートル一世からオルレアン公に宛てた書状であった。ピョートルは彼が帰ってこない本当の理由をあれこれ推量して自分の意思をイヴラーヒンに押しつける気はなく、ロシアに帰るか否かは彼の決心にまかせたいが、どういう状態であっても、今まで自分が保護していた者を棄てることはない旨を攝政公に述べたものだった。
 この手紙はイヴラーヒンを心の底から感動させた。その瞬間に彼の運命は決まった。次の日彼は攝政公にただちにロシアに向けて立ちたいとの意向を伝えた。

 「それがどういうことなのか考えて見なさい」と公は言った。

 「ロシアはお前さんの祖国ではない。それに再びお前さんの、熱い祖国に帰れるとは思えない。その上、フランスに長く滞在したせいで、ロシアの気候や、まだ残っている野蛮な風習になじめず外国人のようになってしまっている。お前さんはピョートルの臣下として生まれたのではない。私を信じてフランスに残ったらどうだ。お前さん自身の血を流してあがなったフランスではないか。ここにもお前さんの役割があり、能力には必ず報いられると思うよ」

 イヴラーヒンは公に心底感謝したが自分の決心を変えようとはしなかった。

 「それでは仕方ないね」と公は言った。「でもその方が本当かも知れないね」彼はイヴラーヒンを軍隊から除隊させることを約束し、これらすべてのことをロシアのツアーリに手紙にした。

 イヴラーヒンは素早く旅行の準備をした。出発の前夜、彼は伯爵夫人といつものように夕べを過ごした。彼女は何も知らない。イヴラーヒンは彼女に打ち明ける勇気がなかった。
 伯爵夫人は落ち着いていて、そのうえ上機嫌でさえあった。彼女はうち沈んだ彼の様子をからかうため数回自分のそばに呼んだりした。夕食が終ると人々は散っていった。
 居間には伯爵夫人と彼女の夫とイヴラーヒンだけが残った。可哀そうな男イヴラーヒンは、彼女と二人きりになれるためであれば、世の中にあるすべてを捧げてもよいという気持ちだったが、伯爵は暖炉のそばに心地よく坐り、部屋から出て行く様子は全く見えなかった。三人は黙りこくった。

 「おやすみなさい」やっと伯爵夫人は彼に言った。

 しかし彼はまだ動こうとはせず……。そのうち彼の目はかすみ、くらみだしたが部屋から出て行くことができなかった。やっとの思いで家に着くと同時に、ほとんど無意識のうちに次のような手紙を書きつづった。 「いとしのレオノーラ。私はあなたと永遠にお別れしてこの国を出て行きます。理由を説明する勇気がないので手紙にしたためました。
 私はこの幸福を続けられない。今まで運命や自然に逆らってそれを楽しんできました。しかし貴女はいつまでも私を愛することはできないでしょう。私が何もかも忘れてあなたの足もとで情熱的な献身と無限のやさしさに酔っていた、あるいはそう思っていた時にも私にはその考えがつきまとっていました……。
 うわついた世界は、うわべでは許しても実際は情容赦なく目に見えない虐待をするし、冷たく刺すような冗談が貴女を打ちのめし、遅かれけ早かれあなたの熱い魂を引きずり降ろし、しまいには貴女の情熱を辱しめるようになるでしょう……。
 そうしたらどうなるだろうか?
 いや、死んだほうがましだ、そんな恐ろしい時が来る前にあなたのところから立ち去った方がよい……。
 貴女の心の平安に私はいちばん気をつかっていますが、それは世間の目があなたに集中している間は決して得られないでしょう。あなたが耐えしのばねばならぬすべてのこと、自尊心を傷つけるすべのこと、恐れさせ苦しめるすべてのことを思い出して下さい。われわれの息子が生まれた恐ろしい状況を思い出してください。このような不安と危険にあなたをさらしておくべきかどうか、考えて見て下さい。か細い美しい生きものを私のような汚ならしい、かわいそうな、動物ではあるが人間と呼ぶ価値のないニグロと運命は結びつけようというのか?

 レオノーラ、許して下さい。わたしのかわいい、ただ一人の友達よ、どうぞ許して下さい。あなたを置いて行くことで、私は生涯で一度きりの喜びもともに置いて行きます。私には祖国もなく親類もいません。私は恐ろしいロシアに行き、孤独をただ一つの慰めとしましょう。
私がこれからする厳しい仕事は恍惚と至福の日を消してしまうほどつらくはなくても、苦々しく思ってかえって気散じとなりましょう……。

 レオノーラ許して下さい。私はこの手紙で、自分自身をあなたとの抱擁から引き裂こうとしています。許して下さい。そして幸福になって下さい。時々はこの可哀そうなニグロ、あなたに忠実なイヴラーヒンを思い出して下さい。」

 その夜彼はロシアに向けて出発した。


 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 




















 あとがき


 1 プーシキンとピョートル大帝

 昨年(一九九九年)の五月はじめ、ロンドンのケンジグトンパラスを訪れ、受付の女性に「ワタクシ、ピョートル大帝の絵ヲ見ニキマシタガ、ドコニアリマスカ?」と聞いた。活発なおばさん風の受付嬢は受話器をあげ「ピョートルはグリーニッチ(海軍博物館がある)から帰ったかしら……。ああそう、じゃあ今ここにあるのね」と確かめた上、宮廷画家ネラーの描いたピョートルの肖像画のある部屋を示してくれた。他のものには興味がなかったので、まっすぐその部屋に行ったが「おお」あった壁一面に西洋画特有の縁かざりもつけないで、キャンバスのまま若いピョートルが立っていた。
 今まで見たものよりずっとハンサムであり、これこそが! と思った。その時のイメージでホン訳したのが「ピョートルのエチオピア人」である。題名はふさわしくないかも知れないが差別用語にならないように配慮した結果、一八二七年作のの翻訳である。

 後略






















 著者プロフィール

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本の誕生秘話

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関連書籍の紹介

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読者感想文
みなさんからの素敵な感想文をお待ちしております。  編集部  
書き込みは
こちらからお願いします。
シャンバラのことは密教の世界で知り、大変興味があったので詳しく知ることが出来てよかったです。
ただ、現在、住所が安定してない状態なので連絡は難しいと思いますが何か協力できる事があればよいと思いました。
地底人と会える日を楽しみに待っています。  (T K 男性)