「神妙の妙味」

 どんな風が吹くのか、安寿は経済の理のある所へと再び上京した。新宿のロッカーにボストンバックを放りこみ、身軽になって高層ビルの底を歩いた。光の反射に挑戦して伸びをした。  大都会を呑みこんで街そのものになった気持。人の洪水の中をみなぎり迸る(ほとばしる)力で泳いだ。ビルの谷間のでこぼこ穴に衝き当たり、もぐら叩きをするように挙を握った。 「寝ぐら捜しはもぐら叩き」 「寝ぐら」と「もぐら」首を振り振りふりこの気分。土地が切り詰めたギュウ詰めのアパートが建てこんだ東京の片隅に「何とかなるわいな」ともぐりこんだ。 「経済大国うさぎ小舎」  布団を買ってその日の内に住みつく小半日のエネルギー。自立の一歩は経済が先、金儲けの信仰から始まっている。…………(続く)

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本の誕生秘話 著者profile 関連書籍














 
         村山三重子 著





 逆流





                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  まえがき

春をはらむことぶれは
逆流して堰をきる。
殺したいのちの
恨みをまきとる
遠流からの逆流に
逆も又風流と
彷彿とした魂でまきとる。



























       目 次




ざれの配置 ……………………………4
ギロチン尋常 …………………………7
雪の疼き ………………………………9
頓馬な舵取り …………………………13
逆もまた風流 …………………………16
揶揄して乾杯 …………………………20
治安の攪乱 ……………………………25
斬新に燃えよ …………………………29
書簡いのち ……………………………34
風の子スリム ……………………… …37
神妙の妙味 ……………………………45
御法度な一角 …………………………53
燃えの瀬戸際 …………………………61
燠火がふっふっ ………………………67


魂のアフリカ ……………………………73
意志が剪定 ………………………………77
秩序のファイル …………………………80
遊びこぼれる ……………………………82
なりわいの水 ……………………………87
木の芽行路 ………………………………90
不犯の思想 ………………………………93
めがけて飛ぶ ……………………………98
クリクリの月 ……………………………105
お伽ざらし ………………………………109
雪のひとわんを …………………………114
潔癖につきる ……………………………121
偏見の活用 ………………………………125




























 

   クリクリの月

 おいでドッコイしょと浮草稼業は、草津になびき湯けむりが香っていた。
 流れて湯けむりいたる所、温泉宿は流れ湯で惹き合ってハッピーな商売をやっとるわい。
 偽善のしこりをもったルーム係は「こちら」、ホテルの玄関先に並び、早発ちの団体客を見送りのバスに乗せた。ルーム係はバスのお尻に手を振った後、客室に戻って部屋かたしに大忙し。スリッパを下駄箱に揃え入れ、浴衣とバスタオルをクローゼットに置き、電気ポットの水替え、金庫の点検、冷蔵庫にビールとジュースを入れたし、カーテンを整えて花を飾る。
 いくつもの部屋をかたし終えて窓外を視ると、ぽかんと良い日大地が丸い。丸い大地に四角い湯畑がさざ波立っていた。真昼は時間がすこっと抜けた。
 湯畑から流れる湯の滝はどうどうとしぶきを上げる。何処迄しぶく湯畑の滝。
 陽の微妙、風の細みで二条に蛇行。
 男と女の分流したしぶきが二匹の蛇となってむんむんと狂おしく感動の坩堝へと落ちる。
 太陽を受けて陽なたぼっこぼんやり。
 視ているだけで楽しい昼の陽気。
 お土産街道の先は西の河原、湯の河がどっぷりと弾き出されていた。午後を過ぎるとしゃきっと着物を着て、たすき掛けで台車をゴロゴロ引っぱった。台車に大きなカゴを乗せて、それぞれが三百数の食器を取り揃える皿取り合戦の始まり。
 食器棚の狭い通路を何十人ものルーム係が行ったり来たり、ササ(大皿)や刺身ぶたは重く手は挟まれ足は踏まれ有無を言わさず器の早取り競争。陶板は音高くガチガチ響き、額に汗をにじませて修羅の如くまがまがしい戦場。
 器を大広間に運ぶと、ほっとする暇もなく晴れた運を呼びこむ宿泊客さま「こちら」へと部屋へ御案内して三ツ指をつきお茶を入れて差し出す。部屋を下りぎわ、靴を下駄箱に入れると急ピッチで大広間に戻り七、八十人分の宴会場づくり。
 六人のルーム係で受けもつ。
 卓膳の上でデカ盆をもって配膳。前菜、先付け、御鍋、向付、鉢肴、炊き合せ、酢の物、煮びたし、油皿、洋皿、留定、刺身等。料理配りは流れるように速く、安寿は陶板の重さにギョッとして肉料理をひっくり返してしまった。余りのきつさに次の仕事の段取りは思考停止のみこめない。
「着物土方とは知らなかった」
 肉体が柔ではやっていけない。
 力の入れ所が悪いとへたばり尽くす。
 膳の位置がずれようものなら上州のからっ風弁でがなり立てるベテランの声。
「プライドなんか吹っ飛んじゃった」
 止まり木にお洒落小鉢を止めて、
「やるっきゃない」とこなしてゆく。
 観光客の鋳型の行列のお出ましは多ければ多い程、ルーム係の疲れとなって跳ね返って来る。のどかな温泉ホテルにふさわしくしつらえた大宴会場。膳の前に同じ浴衣で揃った出揃った。
 客となってみれば何が出て来るか解からない楽しみなお膳に、からりと上がった薄衣の味なもの。
 山里の料理人の気働きは生きざまそのもの。
 計り知れない趣きの食と器の洒落たアレンジに「もう最高」とグルメの箸で掛を切って、客は客となって笑い誇れる。
 仲居のスケールは客の憩いを預かって、おあいそ笑いで鎮座まします。

 宴会前の女将の挨拶。
 客の用事で客室係がうっかり動こうものなら「私が挨拶している時に何故動くのよ」と、後でかんざし突くをみる。
 ホテル女将の正体は上辺は笑顔のつくり笑いで、ビール勘定ふやしの折り合い上手。
 客はカラフル経済の好転の兆しとばかりに、客の好みをうまうまと繰り、ビールを注いで札をたぐり寄せる狙い目がうまい。
「さあおいでなすって」
 客室係はここからが本番。
 客にハイハイと近寄ってビールの栓を抜く。ビールの泡はあふれこぼれ吹きこぼれ、
「ああえらいこっちゃ」泡のひとわれから火をつけた。土びん蒸しの火付は前奏曲。客のさしがねあらゆる雑用が後から後からおそってくる。
 数時間たつと酔いのはしゃぎかざんざのリズム、ざんざのリズムにのせられて笑いにかしずくおかしな人間が通用していた。
 媚をはき棄て酔いのざわめきを見渡して安寿はしんと醒めていた。
 酔客が肩にまわす手を逆らって談笑のリズムでひょいと逃げの離れわざをやってのけた。
 つんのめる笑いのさざめき。
 仲居のかたちをピエロでつまんだ。
 刺身ぶたやビールの空びんを盆にのせて
「あらエッサッサ」とパントリーに下げて客のしつこさに折り合いをつけた。
 パントリーの高窓から天を覗くとほろ酔い月が寄席ばいいのに落語した。
 アポロからエンデバー迄今昔ひとっ飛び。
 闇色に空を割る、熱中するものがあればパラダイス。
 月の凛とした青い照明に視惚れていると着物に月の光がさして帯の色にすすんだ。
 帯の結び目は宇宙船のように膨らんだ。
 まあるい地球がふわりと遠のき九十分の地球一周。いのちの神秘風にのせて月まで運ぶと内緒話。洋々と目の覚める旅。銀のさざ波を追いかけた。波から光が返って来た。
「いのちいっぱい、遠くへ行きたい」
 光のゆりかごに揺られていると、それは温泉客のぴかぴかのおつむだった。パントリーに迷いこんだ紳士客が氷水を所望した。
「ハイ」と差し出すとほろ酔い月がぴょこんとおじぎをした。盆のような月だった。
 ぴかぴかの月がふわっと握めそう。
 月は誰のもの。
 地球から行った人間が、ぴょんとうさぎになって科学が童話になった。
 ふと我に返って茶わん蒸し、香のもの、おみおつけ、御飯と立ったり坐ったり八十人分。
 ごはんのお替わりがすむと汗のひぬまにお茶くみ、甘味、フルーツと又立ったり坐ったり膝がガクッとくる。
 宴会が終るとふすまを閉じて残飯落とし。
 ふく掃くの後片づけ、膳を並べ変え明朝の器並べと大わらわ。
 戦いすんで帯を解くのはいつも十時を過ぎていた。
 タコ部屋の寮への道をとぼとぼと月の夜道をはるばると、金と銀のくら着けて、視上げる星は点になり月はピリオド何かの暗示。
 湯善神が光泉寺から視降ろすと湯けむりが揺ら揺らと天に昇り天の苑は飄々ときんいろ。
 湯けむりにふすぼりもせずクリクリの月。
「客のチェックアウトに合わせて明日も早いわ」
 そっと明るさに手を伸ばすと青い地球。
「地球は息をのむ美しさだった」
「いのちの星、青い地球」
「地球という星は青い花びら」
「おし花にしてもって帰ろう」
 御来光が拝めるのがこの仕事のメリット。
「宴会の酔客にギブアップすることが生きるセンスかも」
「客にかしずくのはどうしても誇りがもてない」
「新しい自己のものさしはここでは見つかりっこない」
湯上がりに香りほのかなくつろぎは、お客さまだけのもの。
湯けむりに取りこまれたつい昨日、うしろに飛んだ月日をおかしがった。










   お伽ざらし

 お昼寝している犬っころの背に蝶が止まった。
 間延びしたあくびの広がり、眼を覚ました犬っころが炭坑の町を、いとおしく抱き取ってぴょんと跳ねた。
「父さん食う為まっ黒けのけガングロ」
 父の腕には石炭の突き刺さった、黒い蝶のイレズミがあった。
 ここの所、冬めいて静かにすくった父の死。
 亡くなる寸前「オーイ、オーイ」とさけんだ父の声が谺した。
 痛ましい腕から、ほくほく羽ねて蝶が光る。
 黒い蝶が冥府へ越して逝った。
 仏前のろうそくの炎の一点、父のいのちが視えて来る。
 神戸で家具店を営んでいた父が空襲の為に焼け出されて山口県へ疎開した。
 戦争はあらゆるものをもって行く。
 炭坑で働いていた父の思い出と共に、安寿の少女の頃も視えて来た。安寿は小学五年の時、結核で一年休学、回復のあかつきには
「ヤーイ、ヤーイ落第生」と囃し立てられていた。その頃。
 社宅の通りでは余儀ない日々の盲老人が、生きる戦いのつながりをあしざまに言われていた。
 この社宅の通りを貝を売って歩く一人のおじいさんがいました。貝を売って歩く人は都会でも田舎でも何処でも視かけることが出来ます。
 然しこの社宅で貝を売って歩くおじいさんは少し様子が違います。古くさいボロボロの服を着て十七、八歳の少年に竹の棒をもって案内させながら夕焼けの町をふらふら歩いているこのおじいさんは盲なのです。
「彦じい今日はどの道から行こう」と聞いている少年は知的障害者でした。
「末広通りから行こう」。黒い埃の道を歩き出す。
 ある薄寒い日のこと、小さな子供がたくさん集まって遊んでいる道の陽だまりの中にあの貝を売って歩くおじいさんがやって来ました。
 道一杯に広がっている子供達に、
「どいたどいた」と言いながら通りかかりました。
「眼の無い魚が住むという秋芳洞の洞窟の中、暗闇に退化した清流のお化け、真澄に触れてりんと跳ねた。ヤーイヤーイ」
 子供達の囃し立てにもめげず案外明るい表情、思いの外元気な声に何かほっとさせられました。
 ところがそこに居た酔っぱらいが何を思ったのか「どいたとは何だ貝売りが横着を言うな」とからんで黒ダイアをポイと投げた。
「貝売りのくせに」阿呆の骨頂まかり出て怒鳴った。
 貝売りのおじいさんはビクッと顔色を変えて立ち止まった。あの視えない眼で一生懸命アル中男をにらみつけているようです。
「貝売りでも何でもええじゃないか、お前等に食わせてもろうちょりやせん」
 さっきとはまるで違ったかん高い声で言い返しました。そこへ丁度一番方でまっ黒になった父が通りかかりなだめに入った。貝売りのおじいさんは「年甲斐もなく御迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「彦じい帰ろ」いったい何処へ帰るのか。
 よれよれの影法師は天の深さを仰いだ。
 眼が視えなくなっても竹の棒をもって案内させながら貝を売り歩かなければ生きてゆかれない現実。
 よすがの光をかすかに求めて盲老人と少年が視納めに振り返った炭坑の町は柩の行列のようだった。

 父は停年後、島根の醤油醸造業で働いた。
 コウジ室でタルのもろみを念入りにかき廻した手を休め、カビともろみの匂いの染み着いた屋根に雑用の為にのぼり落下して頭を強く打った。
 落下の原因は炭坑から引きずっていた。
 坑内の落盤事故で足を骨折して曲がらない。その為に足をつまづかせて落ちた。
 病床日記が残されていた。
 足がすべって屋根から落ちた。頭が激痛の糸で引っばりまわされる逃げようもない。
 痛い腹が立ったら阿波踊りを踊る成。
 痛みのからくりをひょうきんに解いた弱々しい父の字を追った。薬で痛みをぼかした小休止がくる。今日も生かされてある。
 窓際の花が慰めて今日の生命を明るく結んでくれた。痛みの無いのが何よりの極楽と、人生の重みが解かれた。
 通夜の日。女性がしらっと煙草を吸う。
「裏心があるのなら一日だけでも煙草断ちしていただけないかしら」
 初七日。お茶番は紫の衣と対座した。
「あなたは何処へお勤めですか」和尚が聴く。
「東京の百貨店に勤務しておりました」
「ずいぶんお休みがあるのですね」
 遊び暮らしてという風にあなどりの眼で突く。



 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 

















 あとがき

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 著者プロフィール

村山三重子(むらやま みえこ)

昭和17年1月21日神戸生。昭和36年3月。山口県立西市高等学校卒業。
東京の百貨店27年間勤務。派遣販売員。






















本の誕生秘話

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関連書籍の紹介

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 読者感想文

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