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 僕は、どちらかというと身体障害者です。いや、半身不随であることは隠しようのない事実です。でも、この文章がその障害を持ったことによる悲壮さや、重い文章を書いているわけではありません。可能な限り明るく、笑い転げながらフレンドリーに読んで欲しいと思って、力の限り愉快に書きました。
  そして、一応最後まで通してのメッセージなんですが、一つ一つのエッセイがそれだけで完結を迎えると思って読んでください。
 

目次 本文70% あとがき

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Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved













 
         永吉 剛 著





 ノーマニズム( Normanism )


  〜みんなの本〜




                                   明窓出版



















   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  まえがき

●●●●●まえがきの中身●●●●●

























  目 次


 第1章 障 害
 はじめまして ……………… 8
 障害者になってしまった気持ち ……………… 12
 先天性障害者と中途障害者の違い ……………… 17
 高次脳機能障害って? ……………… 22
 構音障害とは! ……………… 27
 前 提 ……………… 30
 もっとよく知るために ……………… 32

 第2章 僕のやり方
 障害者の視点 ……………… 36
 障害者の存在価値 ……………… 39
 街中のバリアフリー ……………… 42
 自宅でのバリアフリー ……………… 44
 子供達の無邪気さ ……………… 46
 車椅子の乗り方 ……………… 49
 杖の突き方 ……………… 53
 自動車の乗り方 ……………… 56

 第3章 病院にて
 入院の方法 ……………… 61
 通院生活 ……………… 65
 白衣の○天使 ……………… 67
 針治療 ……………… 70
 ドラマな生活 ……………… 73

 第4章 ○△□な問題
 精神病 ……………… 76
 差別や偏見 ……………… 79
 リハビリと障害者 ……………… 82
 言葉の問題 ……………… 85
 IT問題 ……………… 90

 第5章 社会福祉
 ノーマライゼーションについて ……………… 93
 QOLについて ……………… 98
 認めるか挑むか! ……………… 100
 障害福祉賞 ……………… 103

 第6章 僕の生活
 生活はどうなってるの? ……………… 106
 ぽかぽか陽気 ……………… 109
 ジトジト陽気 ……………… 111
 大学のお勉強 ……………… 114
 字の書き方 ……………… 116
 僕の趣味 ……………… 120
 一休み ……………… 123
 らしさってなんだろう ……………… 125
 就職活動 ……………… 128
 出版について ……………… 137

 第7章 僕の考え方
 真理を見付けるということ ……………… 145
 挫 折 ……………… 149
 復 活 ……………… 151
 いわゆるひとつの勇気について ……………… 153
 マナーについて ……………… 156
 だからこそ!! ……………… 161
 変わるからには何をしたら? ……………… 164
 心のスペシャル ……………… 166
 障害は個性なのか?…… 169
 きちんとした生活!…… 171

 第8章 この文章で伝えたいこと
 結局な話 ……………… 174
 害なの? ……………… 180

 第9章 後書きにかえて
 終わりに ……………… 184


























 第1章 障 害






  はじめまして


 まず、簡単な自己紹介から。
 僕は、どちらかというと身体障害者です。いや、半身不随であることは隠しようのない事実です。でも、この文章がその障害を持ったことによる悲壮さや、重い文章を書いているわけではありません。可能な限り明るく、笑い転げながらフレンドリーに読んで欲しいと思って、力の限り愉快に書きました。
 そして、一応最後まで通してのメッセージなんですが、一つ一つのエッセイがそれだけで完結を迎えると思って読んでください。
 では、どのような障害を持っているかを書いておきます。身体障害者手帳に書いてある障害の定義として、「頭部外傷による右半身不随(上肢体大幹機能傷害)」です。
 ここで疑問に思うのが、上肢体と記述されていることです。それなら、下半身は全く障害がないかといえば、上半身と同様に障害を負っています。だから、杖を突いているんです。
 そして、診断書などに書いてあった僕が疾患していた病名とは、最近解明されつつある「高次脳機能障害」です。もっとも、脳に関しては、緻密であるがために解明が困難らしいですけどね。話を戻して、大きくいうと、この2つの病気? いや、障害を持っています。
 何故そうなったかといいますと、実は大学3年のときに車の大事故を起こしてしまって、約1ヵ月半の間、意識不明の重体でした。それから、約1年半という長い間、3つの病院にお世話になっていて大学を休んでいました。
 現在はめでたく復学できて、新宿まで電車で2時間半かけて通っています。2時間半といっても、大したことはないんですよ。むしろ、楽な部類に入るんじゃないでしょうかね。というのも、終点から終点の電車がメインなので、確実に座れます。山手線も使うことは使っているんですが、たった8分です。残りは、乗り継ぎの待ち時間や、一服タイム、徒歩での移動に割いています。
 どういう大学で学んでいるかというと、工学部機械工学科エネルギーコースという所で学んでいます。エネルギーコースというのは、その名の通り、文章を書いたり絵を描いたりするのとは全く関係がない、「燃焼エネルギー」及び、「流体エネルギー」を専門として勉強するところです。でも、卒業論文の研究室は、設計の研究室なんですよね。これは、僕の体調を考慮してくれて、実験が頻繁にあるエネルギーコースの研究室だと辛いだろうから、図面を書いたりする設計コースが良いだろうとのことで、設計コースへ転属を許してくださいました。
 休学期間ですが、正確には1年間です。しかし、大学3年時の後期のテスト前に事故を起こしてしまったので、テストを全部放棄せざるをえなくなり、進級することができませんでした。つまり、大学同期の人達からは、2年間遅れています。また、浪人して大学へ入学したので、それを含めると高校の同級生からは、3年間遅れていることになります。まぁ、なかには留年して今でも同期の友達もいましたけど……。
 友達にこの本の原稿を読ませたところ、
『お前って、こんなに長い文章を書けたんだ。なんか、違うお前を見た感じがするよ。こんなに長い文章が書けるんなら、そっち方面の学校に進学して専門的な勉強をすればよかったのに。感想としては、なかなか面白かったよ。お前って、色んなことを考えているんだなぁ。感心したよ』
 と、言われました。その友達の前でも、小説とかは読んでいたのにどう思われていたんでしょう。でも、たしかに実験論文とか授業のレポートだと、書くのが遅くて短い文章になっていましたね。でも、枚数を稼ぐために、必要なことが短いくせにどうでもいいようなことや同じ内容の言葉を変えた繰り返しで、しっかり、規定の枚数だけは稼いでいましたね。だから、このような感想を持ったのでしょう。
 また、高校時代の同級生からも、
『お前って、文章を書くのが好きだろ?』
 いえいえ。特に好きな訳じゃないですよ。先程言ったように、実験論文とか授業レポートみたいに論理を書くというのは、どちらかというと嫌いでした。でも、このように自分が思い付いたことを書くというのは、書いているうちにけっこう楽しく好きになってきました! しかし、この文章を読んでいない多くの人が、
『貴方って、とっても論理的に考えるよね。解りやすくて解説とか、相談の回答者にはぴったりだよね』
 と、あらぬ方向で僕を解釈します。
 でも、それは違うと思いますよ。それは、理工系の大学に在籍するからそうなだけで、本当は論理じゃないことを、論理っぽく喋っているだけに過ぎないかも知れませんよ!
 では、何故このような文章を自発的に書こうと思ったのでしょう。
 それはですね、僕が事故という大事件を起こして、初めて入院し障害者になってしまったことがきっかけとなり、全て実話で長い文章を書けるからなんです。
 そして、「バリアフリー」と呼ばれる物に対して、色々と疑問を思い付くし、現在の医療のありかたについても疑問を持つからです。医療に関する疑問というのは、具体的なトラブルとかじゃないですよ。そっちは、やろうにもやれません……。
 また、入院して意識が戻り始めた当初に腐るほど時間があり、自分を見つめ直す機会があったので、書いたということもあります。まぁ、今回のように、何回も入院するような事件があったらたまりませんけど……。
 そして、やっぱり障害者にある印象を変えて欲しくて、この文章で事実を事実のままに、鮮明に公表しているのです。そして、実際に障害を持つ人に出会ったとしても、その印象や接し方を変えて欲しいと願っています。
 では、はじまりはじまり〜!

 障害者になってしまった気持ち

 僕は、大学3年生まではごく普通の大学3年生をやっていました。その3年間の生活を詳しく書けといっても、どこにでも転がっている(?)、ごく普通の大学生でした。そういう話を聞いても面白くもないし、僕だって書こうとは思いません。ところが、事故を起こして身体障害者と定義されたじゃないですか。俗に言う、中途障害者というわけです。
 どんな障害者かというと、事故によって左脳を強く打ったみたいで、右半身不随という名前の障害と高次脳機能障害という名前のもう1つの障害を受けています。外見だけなら、足が悪いように見えますが、大雑把に言うと本当は頭が悪いのです。要するに、脳味噌の筋肉やバランス感覚をコントロールしている部分が故障しているのです。
 あっ! 頭が悪いと書くと、「バカ」を連想してしまいそうですね。まぁ、それも多少(かなり?)含まれているとは思いますけど……。
 でも、身体障害者と定義されても、僕自身はなんとも思っていないんですよ。一緒の時期に入院していた知り合いも、
『自分では、障害者の自覚がないよ』
 と、言っていました。
 つまり、こういうことだと思うんですね。本人は障害者という自覚がなくても、世間一般や知り合いに「障害者ってかわいそう……」とか「なにか手助けできることってなぁい?」とか思われるんですよね。
 実際に、僕も自分が障害者になるまではそう思っていました。でも、障害者になってみて初めて解ることもあるんですよ。健常者のままでは解らなかったこととかね!
 ちなみに、僕の場合は、まず障害者ということをきちんと自覚しています。自覚はしているんですけど、僕という人間そのものは、ちっともかわいそうじゃないし、全然不自由もしていないです。逆に、その状況を利用したりもしています。はたから見たら、けっこういんちきな障害者だったりして……。
 退院した当初、電車の中でお婆さんとかに、
『最近、よく見るね。杖を突いているけどどうしたの?』
『いやぁ、ちょっと事故で……』
『まぁ。こんなに若いのにかわいそうに』
 と、声をかけられました。
『いえ。自分の不注意で事故になったんですから、ちっともかわいそうじゃないですよ』
 と、何回も言っても、具体的に説明しても、「かわいそうに」としか言いませんでした。
 事故を起こしたといっても、自分の好きなことをしていて、自分の不注意から起こしたわけですからかわいそうじゃないです。「かわいそうじゃないっつ〜の!」と突っ込みたい気持ちにもなりました。
 それから、何をするのにも苦労はないですよ。身体障害者になってしまったからといって、生活のベースが変わったわけでもありませんし、専用の福祉機器を使っているわけでもないです。しいて福祉機器と呼べるのは、杖ぐらいですかね? まぁ、杖がなくても歩けるんですが、それがないと、いまいち不安なので突いています。でも、お婆さんに限らず、電車の中で杖を突いている人がいたら、
『譲りましょうか?』
 と、向こうから声をかけてきてくれますよね? しかし、僕にはそんな心使いは必要ないんです。
 タバコだって吸えますしお酒だって飲めます。自動車だって、普通車を運転しています。自動車の運転については、ここではちょっと置いておいて、のちほど触れます。
 話を戻すと、僕にとっては立っていることが何の苦痛でもないです。逆に、席を譲ろうと申し出てくれたのが若い女の子だったら、それをきっかけに、その子と仲良くなって色々なお喋りを楽しんだりしています。友達にこのことをいうと、
『いいなぁ。俺も杖突こうかな?』
『なんの為に?』
『だって、杖突いていると、向こうから声かけてきてくれるんだろ? だから、声をかけて貰いたいが為に!』
『バカ』
『だってお前は、ほとんど杖要らないだろ? 杖が無くても、歩けるし』
『歩けることは歩けるけど、やっぱ不安だよ』
『でも、杖を必要としているのは、危ないときとかバランスが狂いそうになったときだけだろ? だったら、向こうから声かけてきてくれる方が、メリット大きいじゃん』
『そりゃそうだ』
 確かに、杖がないと不安ですよ。でも、友達もいうように、ナンパしなくても向こうから先に声をかけてきてくれるメリットの方が……。
 しかし、杖にこんな便利な使い方があったとは……。

 先天性障害者と中途障害者の違い

 先天性障害者というと、よくご存知でしょう? そう、乙武さんです。中途障害者とは、先天性という言葉に対比させると、後天性障害者ということになります。
 わかりきったことですが、あえて解説を加えるなら、この僕のように人生半ばで障害者となってしまった人達です。
 先天性障害者は、生まれたときからその身体なんですから、その身体で生活することが、その当人にとっては普通のことなんです。つまり、その方達の中で、その環境というのはごく当たり前な世界なわけです。しかし、当然ながら他の人達と同じように過ごしたいという考えはあると思いますけどね。事実、何名かの先天性障害者の方達は、そう言っています。
 ところが、この僕のように中途障害者だったりすると、健常者だったころも知っているため、その障害を受け入れるというか乗り越えるのには、考え方の大きな方向転換の必要があります。
 まっ、僕のように、能天気になってしまったものはしょうがないと割り切って、障害者であるということを、自慢(いばれるか!)しないまでも使っていれば別ですが……。 障害に対して、変な自信や誇りすら湧いてくるんですよね。何をどうすれば、そうなるかは解りませんが、「僕を拒否したやつを後悔させてやるぅ!」とね! これは全く根拠のない自信です。でも、障害者になったからって、
『あなた達と俺じゃ、どこがどう違うの? 俺は、少なくともCAD(設計図を書くソフト)は使えるしね。それに、機械を開発する上で環境が大事ってよく聞くけど、そういう福祉の機械を作ろうと思っていたら、使った体験があるとか、その環境で生活していたというのは大きなメリットじゃん!』
 と、思っていますけどね。
 別に、機械の開発だけじゃなくても、その視点から見られるということは、今までとは違った発見をできると思うんですよね。
「ここはこういうふうにクリアしよう!」
 とか、
「どういうふうにやったら早く問題を解決できるんだろう?」
「こういう人の心理ってこうなんだ!」
 とかね。
 例えば、障害者達の心理を勉強するところがあるじゃないですか? そういうところに売り込んで、自分の体験を、その通りに話せばいいだけなんですよね! 完璧に立ち直っているんなら、人生途中で障害者になろうとも、それは自分にとって大きな財産となりうるんですよ! まっ、言ってみれば、誇りというのは、これが誇りなんですよ!
 ところで、今までの障害者が書いて売れた本というと、「五体不満足」に代表されるような、先天性障害を持った人達の本じゃないですか。他には、先天性障害じゃなくても、両足切断などで車椅子使用の人達が、入院してからの闘病記とかじゃないですか?
 たまにはそういう本じゃなくて、先天性障害じゃなくても車椅子使用じゃなくても、そういう人の本があってもいいじゃないですか。それとも、僕のように中途障害で車椅子も使っていない人ではインパクトがない?
 現実問題、出版に関してはどの位インパクトがあるかということが重要になってくるんです。そのインパクトという意味では、手足が短いというハンディを背負って「五体不満足」を書いた乙武さん自身の考え方にインパクトがあったんですよね。その結果として、スポーツキャスターやノンフィクションライターという職業に就けましたし、結婚までしたんですから!
 ある人が、こう言っていました。
『しょせん、乙武さんの二番せんじじゃない』
 いやいやいや。この文章が、乙武さんの「五体不満足」の二番せんじなことは拒否するというか、比べる行為そのものが間違っているでしょう。障害を背負って、こういう文章を書こうと思った背景も違うしね。もし、そういうつもりで読んでいたのなら、全く違う文章だと、考えを改めてくださいね。
 それに、世の中の多くの人が、もし障害者になるとしたら、僕みたいに車椅子を使わないで、杖だけで独歩可能な中途半端な中途障害者がほとんどでしょう。
 でも、社会的にみたら、先天性障害も車椅子生活者も僕のような中途障害者も立派な(?)障害者なわけですよ。
『俺が本を出版できたらどうする?』
 と、知り合いの子に質問してみたところ、
『私は読みたい1冊だと思うよ。障害をものともしていないように生活しているあなたという人物に興味があるし。逆に障害を利用しているんだから、それで思い付くことは十分にインパクトあるんじゃない?』


あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 



















終わりに  



 ここまで、飽きもせず読んでくれてありがとうございました。
 以上、障害者な僕の考えていることはいかがでしたか? まぁ、最終的には、前章とこの話だけを読んだら済むことになりますが……。障害とは関係ない内容が出てきたり、文章表現が行き届いたりしていないところもあったでしょうが、そこは勘弁して下さい。大学の教授にみんなに伝える文章を書いていますと言ったら、こう言われました。
『へぇ、本を書いているんだ。君みたいな理系の学生でも文章表現は大丈夫?』
 僕に聞かれてもねぇ……。一応、教授方に教えてもらっている理系の学生ですからね。僕より、提出されたレポートをお読みになっている教授方のほうがよく御存知でしょう。後略






















 著者プロフィール

永吉 剛(ながよし たけし)

1977年10月7日生まれ AB型
大学3年時に事故を起こし、以来右半身不随の障害者となる。その後、日本で障害者が置かれている現実をまのあたりにして、日本社会に捧げるメッセージである本書を書き上げる。

趣味:車、絵、読書等 etc.…

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本の誕生秘話

 ●●●●●本の誕生秘話の中身●●●●●























関連書籍の紹介

 ●●●●●関連書籍の紹介の中身●●●●●























読者感想文
みなさんからの素敵な感想文をお待ちしております。  編集部  
書き込みは
こちらからお願いします。
  私の親戚の子に、聴覚障害を持った子がいます。(「障害」という言葉は 使いたくないのですが……)でもえーきちと同じよう、明るくとても前向きに 人生を謳歌しています。でもきっと本人にしか分からない悩みがあるんだろう ってずっと思ってた。今回えーきちの本を読んでその子やえーきちの中身が少 しでも見れて理解できるような気がしてなんだか嬉しかったです。

 今、通信講座で介護学を学んでいるので大変興味深いです。福祉道具や施 設の利用者さんの本音がもっと介助者や介護者に届くようになって欲しい!!
 僕は今まで身障者の人は、正直不憫だなと思っていました。この文章を読 んで、新しい視界が開けたように思えます。今までの人生がどれだけ偏見に満 ちていたか気付かされました。

 私は個人的には、脳が原因で障害をもつ人の意見というのはなかなか世の 中には反映されていないように常々感じていました。自分が担当させてもらっ ている患者さんやその家族の人たちにも「自分でもっと大きな声をあげよう よ」といつも思っていましたので、実際の生の声がこのような形でも人の目に 触れることは意義のあることと思います。