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 山の中に、水の流れに、命の言葉は生まれて来るのである。雑談としての言葉は文明社会に溢れ、益々人間を俗人にし、軽薄にしている。人間には野に叫ぶ言葉がなくてはならない。そこから仙人は生まれる。
 本当に自然哲学の中や、自然宗教の中で生きようとする人間には、文化の中の、目から鼻に抜ける小利口な言葉は余り必要とはしない。彼には、自然の言葉が必要なのである。哲学的な日々の生活も、暮らしの中の自然宗教観が文明人間の汚れた生き方を払拭し、浄化してくれる。

前書き 目次

本文70% 著者profile 感想BBS
Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved






























   推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































  プロローグ


 仙人の言葉には、哲学的、または志を含んでいる。俗人の言葉は、風の中に飛び散る灰や細かい砂塵に似ている。
 山の中に、水の流れに、命の言葉は生まれて来るのである。雑談としての言葉は文明社会に溢れ、益々人間を俗人にし、軽薄にしている。人間には野に叫ぶ言葉がなくてはならない。そこから仙人は生まれる。
 本当に自然哲学の中や、自然宗教の中で生きようとする人間には、文化の中の、目から鼻に抜ける小利口な言葉は余り必要とはしない。彼には、自然の言葉が必要なのである。哲学的な日々の生活も、暮らしの中の自然宗教観が文明人間の汚れた生き方を払拭し、浄化してくれる。         後略
























    目  次


 第1章 パッサカリア                 

   輝かしき月曜日──わが復活の記──   一一        
   それが私自身のものとなっている   三三          


 第2章 現代詩篇                   

   めまいの中の歌   四六                  
   感謝の手紙   五五                    
   アムネ・マチンの巨峰   六七               
   ゴットマンの誤り   七七                  
   ワカリマシタ・アリガトウ    八九            
   反逆罪   一〇三                      
   オートマティスム以後   一一四               


 第3章 原風景の構図                 

   宿場の風景   一二八                     
   神は我が旗   一五一                    
   天使の歌声がただよっている   一六四            
   自分自身になり切るために滅びつづける   一七四       
   苦難の道のり   一九五                   

運平利禅雅のために   二〇九


























   第1章 パッサカリア






  輝かしき月曜日 ―わが復活の記―


 ブルー・マンディ。ブルー・マンディ。あれは、低く雨雲のたれこめた東京駅前の月曜日だった。二人のカナダの女性の口から、この言葉をはじめてきいた。オランダ系の銀行の中で、二人の女性の中の一人は、急に浮き浮きする。彼女は、オランダ系のカナダ人なのだ。
 スラッとしたオランダ人たちには、天井が低すぎるくらい。どの男も、額が秀でており、ノルウェー人の特徴を示し、英国のエデンバラ公のような容貌をしている。ブルー・マンディ。ブルー・マンディ。
 一体、あの頃の私は、どうして、五月十三日の月曜日を予想することが出来ただろう。五月十三日が月曜日に当たる年は、誰でも、丹念に暦をめくって探してみたらいい、たった一年しかないのだから。
 私にとって、その年のはじめに予感した最悪の年、千九百六十八年がそれだ。十三日の金曜日が、後世に伝えられたように、十三日の月曜日もまた、一つの伝説、一つの復活のエピソードになることだろう。私は、これでも、今迄は、まだまだ何様かのつもりでいた。汚れの最後の一滴を枯葉の上に宿していた。ところが、この最後の一滴が、ポトリと、きれいに落ちてしまったのだ。芋の葉のように、枯葉は、一瞬にして水気がなくなってしまった。私は細菌になったのだ。なめくじだ。かぶと虫、ダニ、回虫、みみず、てんとう虫、ぼうふら、蚊だ。私の中で、聖アントニオが歌っている。月月火木木金金。月曜日は、くそまじめに働く、自己を失くした人間の偶像化するみじめな曜日だったかつては。しかし今は違うぞ。運動の第一法則が念頭を横切る。外力が加えられない限り、物体は永久に静止したままだ。等速度で動いている物体も、また、外部から力が加えられない限り、決して、その運動を止めることはない。慣性の法則とは運動の第一法則のペンネームだ。何としゃれていることだろう。このすまし野郎奴! 慣性は運動ではない。運動とは、左に向っているものを右に変えることである。前進しているものを後退させることであり、上昇しているものを降下させることである。水平運動を上下運動に変えることだ。反逆だ、結局は! 慣性は歴史である。伝統の維持である。権威という病原菌の、もっとも繁殖しやすい土壌である。α=Kf/m。mよ、巨大であれ! fよ、激しく昂奮するのだ! Kよ、貴様はくたばれ! αよ、万才! 君のためにバンザイを三十唱してやろう。一日に三千回、立ったりひざまづいたりして、仏像に接吻する苦業を二十年続けている僧は、性欲と物欲のために、大声で怒鳴り散らさなければならない。
 私は、涙しつつ、ミラーに手紙を書いた。だが、その中で、Mさんのことをうらんではいないと書いたのだが、あれは、やはり嘘だ。私は、ミラーにも嘘をついた。だが、それ以外のことはみな真実を書いた。
 私は、このぶじょくの中を、あたかも、火炎の中を経て、はじめて純金になるように通過しなければならないのだ。それにしても、彼奴は何ということだ! あれは、間違いなく、私のことを指して書いたものだ。○○誌、六月特別号の中で、私のことを、ミラーにたかる奴と書きやがった。私は、この文章に突き当った時、グワンと一発、あごの下を大きく蹴り上げられた。私の体中が、火のように熱くなった。かっかっと体全体がほてってきた。背中が三角にしぼんでいくのが分った。体重は、十倍ぐらいに増加して、私をぎゅうぎゅう締めつけた。あの野郎、同じ日本人として、こんなことを言うのはとても恥ずかしいことなのだが……とぬかしやがった!
 私は、切腹用の短刀を戸棚から取り出した。錦の袋からとり出すと、わし掴みにして目の前に置いた。一寸した気分の違いでは、左手の小指を、根元からブスリと切断してしまったに違いない。私は、その間中、皮膚のいたるところで、吠えつづけていた。そのうち、次第に、鈍痛が後頭部を襲ってきた。脳溢血の前徴とも言うべき、あのいやな重苦しさだ。だが、私は、それが怒りのせいであることをよく知っていたので、一寸も不安にはならなかった。
 よくよく考えてみれば、私は、いつでもたかる人間に扱われてきた。そのくせ、たかることをしない礼儀正しい人間の方が、余程、実際問題として、たかっているのだ。私は、よくそのことを弁えている。同じ日本人として〜か! 馬鹿野郎!
 私は、日本人の最悪の敵だ。あらゆる組織、グループのもっとも、忌み嫌う分子だ。この文明社会の最悪の妨害者である。私は、充実した人間となりたくて、異常にあくせくしている。もっとも原初的にして充実した、豊かな、巨大な、うれしい人間になるためには、一度、どうしても、この文化圏の中で、義理や、人情の世の中で、民族や氏族の中で死に絶えなければならない。それにしても、私は寅造の浪曲が大好きだ。片目の石松、吉良の仁吉、あいつらは、いい人間たちだ! 私は、ああいった人間の中に、文化人たちには、求めたくても求められない人間≠見出す。
 東海道を旅したい。東海道の松並木に、ごろっとねそべりたい。踏みつけて行きたい奴は、踏みつけていけ。バッサリと刀の錆にしたい浪人さんは、そうやったらいい。文明社会の保証の中で、生殺しの生き方をするよりは、ずっといいのだ! 暴れ馬よ、街道で私を踏み殺してくれ! その方が、ずっとしあわせなのだ。私をしあわせにしてくれ。旅がしたい。東海道を、マンヂュウガサをかぶり、カッパと振り分け荷物で旅したい。同じ富士山と、三保の松原でも、文句を言うまい。今の人間が、皆きれいさっぱりとくたばってくれたら、一寸も文句を言うまい。
 私とミラーの仲が、そんな間柄であるとでも思っているのか、あの野郎! 恐らく、彼奴は嫉妬しているのだ。ミラーと私の間は、いつも、涙を流し合っている仲なのだ。
 それにしても、ミラーは何という不幸な男であろう。彼の世界的な名声も、この個人的な彼の不幸に比べたら、ものの数ではない。
 彼の五人の妻たちは、一人として、彼の支えとなる程充分に賢明だったり、彼を和ませるだけ女らしくはなかった。それは、彼自身、私は、どうしてこんなに、女性には恵まれないのだろう≠ニ嘆いていることからもよく分る。彼にとっては、むしろ、名もない、パリの薄暗がりの街娼の方が、はるかに、天使のようにうつったのだ。事実、彼女たちこそ天使だった。
 ミラーは、余りにも巨大な人間である。子供を大人にしたようだとか、何事も気にしない聖人だなどと言っているうちは、彼の巨大さが分ってはいないのだ。
 彼は、自分の心に興味を起こさせるものだけを徹底的にやってのける。彼の賢さは、頭脳の中の賢さではない。心の中に賢さが充満しているのだ。彼の賢さは、文明とは、一寸もつながるところがない。いや、むしろ、文明的感覚にとっては、愚かとしかうつらないものなのだ。私は、こういったミラーの賢さ、巨大さに心を奪われている。これによって、眠れる自分自身の固い殻から脱皮したのだ。
 私がたかっているだと! この野郎! 相手が、私の目の前にいなくて、よかった。あの瞬間には、きっと、首をひねり上げ、両腕をへし折り、助骨をぶち折り、背骨をばらばらにはずしてしまったかもしれない。
 ミラーによって受けた援助は、すべて、ミラーが先に申し出てくれたものばかりだ。いや、実際に受けている援助は、彼が申し出てくれたものの一部にすぎない。昔の自分だったら、こんなことを書かれるくらいなら、もう二度と援助を受けまいと考えるようなけちな了見を抱いたかもしれない。だが、今は違う。私は、一向にそんなことは気にしないで、堂々とミラーの手を借りよう。彼奴は、所詮、芸人でしかない。薄汚い河原乞食の子孫である。それに彼奴や、ミラーを取り巻いている連中も、道化役者かおっちょこちょいの文化虫でしかない。どれ一人として、自分自身の精神に支えられて、孤独な道を歩めるだけの勇気と力のある奴はいない。集団の中で、せっせと、自分の権威をこね上げている、しがない蛆虫どもだ。
 私は、これで、前よりは、ずっと、このくたばり呆けた社会から足を洗うことが出来る。私は、ますます私自身になっていく。ミラーが何度となく言っている。世の中の奴らに、私の内部の核が分かるはずがない! まさにその通りだ。世間の豚どもに、集団の中で、自分たちの糞にまびれている生活しか、安心のならない連中に、私の内部の核が分ってたまるものか!
 ブルー・マンディ。ブルー・マンディ。
 彼奴は、一体、ミラーを何だと思っているのだ? 何も分ってはいないのだ。ミラーを、この文明社会のひな壇の、赤い毛氈の上の内裏様だと思っているのだろうか。とんでもない話だ。彼は、異次元の存在なのだ。彼は、貴様の、ギャンブル狂いに、へきえきしていることを一向に分ってはおるまい。こんな下らぬ奴を自分の家の中に引きずり込んだミラーは、また何とユーモアに満ちていることであろう。笑うどころか、むしろ、その奇行に、尊敬のおもいを込めて見守ろう。アレキサンダー大王も、気狂い女の尻に手を触れたことはあるのだ。二千人の美女、賢女たちを忘れてそうしたこともあるのだ。ハレルヤ! ミラーに栄光あれ! そして、この愚かな人間が、尻を汚しているのをやさしく見守ろう。
 預言者の妻は、必ずしも預言者の素質を持ってはいなかった。ソクラテスの妻のように、ヨブの妻のように、頭がパーで心が小便みたいなのが、案外、預言者の妻なのだ。彼奴から見れば、私は住所不定のやくざか浮浪者にちがいない。
 私が、何かを、本格的に、社会に向ってやりはじめる時は、恐らく第二勢力とかいったものが大きく力を得てきて、地上の動きは、大きく二分されることになるはずである。第二組合、第三勢力、第五列といったものよりも、はるかに強力で、しかも、旧来の勢力にぴたりとへばりついた、反対勢力であって、これがかま首をもたげる時は、旧勢力は、あらゆる意味で絶望的になる。そういった勢力があらわれる前には、私にとって、笛を吹く楽譜は用意されてはいないのだ。
 私は運動の第三法則そのものとなってきている。この絶望的な文明が力を加えてくればくる程、それに対して反作用は


あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 

















 あとがき

 ●●●●●あとがきの中身●●●●●
























 著者プロフィール

上野霄里
 
岩手県一関市在住。神学校を卒業、布教のため同地に移住するが、その後教団とは絶縁する。世界各国の芸術、思想家と親交を持つ。特に400通もの書簡を交わし合った、故ヘンリー・ミラー氏とは互いに胸奥を披瀝し合うほどの間柄で、往訪も含め、深交は最晩年まで変わらずに続けられた。

主なる著書 『単細胞的思考』『放浪の回帰線』『運平利禅雅』『離脱の思考』『くがねの夢』『若者へのエファンゲリュウム。』






















本の誕生秘話

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 此の本などに依ってオレの人生も変わると思っていたが中々出来なかった。焦点の“組織”を離れることは生活して行く上で至難である。   (愛知県 S)