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「人間の本質」と題するこの本は、何よりも意欲的な大作であると言うことが出来る。
カウンセラーという職業を通して多くのクライアントと接しながら、またその職業的な眼差しから、混乱と混迷にあえぐ社会の動向を見聞きする中で、著者は自分が果たさなければならない使命を自覚する。それは、現在、曖昧になり、混沌の中に消えてしまったかのように思われる「人間の本質」を今日的に再構築し、迷える多くの人々の心の指針にしたいという形となってこの著作に実現した。
「聖書」のように、一冊の本によって、また言葉によって、世の中を変え、人々の心を変えたいという著者の希求するものは、もちろん幸せな社会、幸せな世界の到来であり、同時にその中に暮らす個々の人々の幸せである。
その志の生半可でないことは、本文の緻密な論の進め方から容易にうかがい知ることが出来る。人生という様々な問題が生起する渦中において、人間は、人間の心はどう現実に向き合えばよいのか具体的な事象に即して解き明かしている。それは、現代において心を見失った人々に、「心の復権」の大切さと復権への道筋を教示しているように見える。06年2月15日レビュー作者佐藤公則

前書き 目次 あとがき

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岡本隼人 著








明窓出版



















推薦の言葉
●●●●●推薦の言葉の中身●●●●●

































『前書き・動機・お願い・ご注意』




私が今回のこの本を出版させて頂きたいと望むまでに至りました一連の考察と研究とは、私のところに相談に来られた何人かのクライアントの方の素朴で純粋な幾つかの疑問を切っ掛けとして始まりました。

愛の本質とその言葉の意味とを理解することができずに自分の子供を虐待しては、そのことを自ら強く後悔していた一人の母親が私に投げ掛けてくれた「自分の子供を愛するためには、どうすれば良いのですか……」という疑問。生の意味とその言葉の本質とを理解することができずに自暴自棄な行動や自殺未遂までをも犯して、そのことを自ら強く後悔していた一人の少女が私に投げ掛けてくれた「人間が生きていることの意味って、結局何なのですか……」という疑問。こういった非常に根本的で人間らしくて哲学的な様々な疑問に関しての妥協のない答えというものを真剣に求め始めた時から、「人間の本質」というものを追及するための私の最初の模索が始まりました。

























目次





『前書き・動機・お願い・ご注意』……………………………… 6

Chapter1『生物としての人間』
1‐0始めに …………………………………………………… 20
1‐1心と体 …………………………………………………… 21
1‐2生命と進化 ……………………………………………… 26
1‐3欲動と感情 ……………………………………………… 35
1‐4感覚・運動・記憶 ……………………………………… 48
1‐5思考・意識と無意識 …………………………………… 64
1‐6遺伝と経験 ……………………………………………… 71
1‐7まとめ …………………………………………………… 78


Chapter2『社会に生きる人間』
2‐0始めに …………………………………………………… 80
2‐1価値観・人格とペルソナ ……………………………… 84
2‐2昇華と倒錯・信念 ……………………………………… 110
2‐3愛と優しさ・内面的同一化 …………………………… 147
2‐4真実・意味・価値 ……………………………………… 186
2‐5芸術と感動 ……………………………………………… 228
(意識の強さ・心の病)
2‐6平和と争い ……………………………………………… 350
2‐7社会的価値観・モラルの崩壊 ………………………… 371
(罪悪感と怖れ・発育と教育・法の役割と罪の意識)
2‐8経済と合理・現実の社会と理想の社会 ………………… 601
(代替・社会の仕組み・性的抑圧・社会の再構築)
2‐9まとめ …………………………………………………… 900

『後書き』 ………………………………………………………… 916


























Chapter1‐0始めに







このChapterでは、次のChapterで展開させて頂きます「社会に生きる人間」に関しての議論に入るための準備をさせて頂きたいと思います。と申しますのは、今回の私の議論の中心となる部分を説明させて頂きます前に、その議論の土台や前提となります「人間の心の基本的な仕組み」や「人間の心と人間の体との関係」といったものに関して、私と貴方との間で生じてしまっているのだろうと考えられる認識の違いや見解の違いといったものを、できるだけ少なくしておきたいのです。

このChapterで私が展開させて頂きますお話の多くの部分は、読む人によっては「当たり前のこと」として感じられるようなお話ばかりかも知れません。ですがまた、混沌と多様化の中で多くの当たり前のことが少なくない数の人間にとっては当たり前ではなくなってきてしまっている現代社会におきましては、私達人間にとって非常に根本的で当たり前であるはずのことをも明確に定義しておくことがとても有益なこととなるとも推測されるのです。「Chapter1」でのお話の多くの部分は、心理学の分野のお話と重なっていくことになります。私はここで、「人間の心」というものを、「欲動」・「記憶」・「思考」という三つの要素を中心に捉え、「感覚」というものを、心の外の世界から心の中の世界へのインプット、「運動」というものを、心の中の世界から心の外の世界へのアウトプットとして考えます。そして、「感情」というものは、人間が自分の心に生じた「欲動」というものを、自分が実際に行動をしようとするための心のエネルギーに変えるためのものであり、そのようにして生じた自分の心のエネルギーというものを、解決したり未解決したりするものとして捉えていきます。

人間の心の多くの部分は動物としてのものに非常に近いのに、人間が完全に動物としての心で在り続けようとすることは、この社会の中では決して許されません。とても根本的なことと致しまして、少なくない数の人間が抱いてしまう心の問題のうちの多くの種類は、この点を原因としていると言えます。ですからまずは、「主に、動物としての人間の心の仕組みというものを、ここで簡単に確認しておいて頂きたい」ということなのです。


Chapter1‐1心と体

宗教や神学といったものを尊重しておられる方の中には、このことを強く否定される方も少なくはないのかも知れませんが、心理学的に考えましても・医学的に考えましても、「人間の心というものは、人間の脳の部分に存在している」と言えます。まず、そのような意味で、「人間の心(精神)というものは、人間の体(肉体)というものに完全に依存している」ということが言えるのでしょう。精神というものは、肉体というものを通じることなしには、心の外の世界のものを心の中の世界に取り入れる(感覚する)ことも、心の中の世界のものを心の外の世界に表現する(運動する)こともできませんし、恐らく、肉体を持たない精神というものは、この現実の世界に存在することすらできないのだろうと考えられます。

その一方で、逆に、「肉体というものもまた、精神というものに完全に依存している」ということが言えるのでしょう。心(精神)を持たない人間というものは、「ただ単に肉体の細胞が活動しているだけの存在に過ぎないもの」・「人間としての価値や意味といったものの多くの部分を失ってしまっているもの」であると考えることもできるようなものなのです。キルケゴール《Soren Kierkegaard 1813‐1855デンマークの哲学者・神学者著「不安の概念」「死に至る病」》の言葉には、『人間とは、精神そのものである。』という言葉があります。最終的には、「人間の生きる意味」や「人間の生きる価値」といったものも、少なくとも私のこの議論の中では、この「心の活動」というものに辿り着くのですが、そのお話に関しましては、「Chapter2‐4」のところで詳しい解説を加えます。(肉体というものは、「精神の内側」と「精神の外側」とを結ぶための唯一のものなのですが、「肉体は、精神の入れ物であるに過ぎず、精神の操り人形であるに過ぎない」といった考え方をすることも、確かに可能なのでしょう。)

また、言うまでもないことなのかも知れませんが、『人間とは、精神そのものである。』とは申しましても、例えば、「命を失ってしまった人間の肉体というものには、完全に意味がなくなってしまう」といったことを申し上げている訳では、決してありません。「肉体の持ち主であった本人にとって、残された肉体というものがどのような意味を持つのか」ということには、「人間の持つ魂というものを、どのように扱うのか」という非常に厄介な宗教的疑問が絡んで参りますので、その問題には触れずにおきます。ですが、少なくとも、その肉体の持ち主であった人間の生前に親しかった多くの人達にとっては、その死んでしまった人間の肉体というものは、物理的には(現実としては)ただの肉塊に成り果ててしまったものであっても、心理的には(一人一人の人間の真実としては)とても大切な特別なものとして感じられるはずです。(「罪悪感」や「罪」といった概念に関しましては、「Chapter2‐7」でお話し致しますが、「死者への冒涜」というものも、殆ど全ての人間にとって非常に強烈な罪の意識の対象となるものであり、非常に強烈な怖れの意識の対象となるものなのだろうと考えられます。)

(勿論、考え方にもよることなのでしょうが、人間の肉体は自らの生命の死を迎えると同時に、そこらに落ちている石や砂と何ら変わりのないただの物体としてのものになると言えますし、人間の心は自身の脳内で行われる活動を失った時に、死と消滅とを迎えるとも言えるのです。つまり、精神体としての人間の生死は、自身の脳の存在の有無によることなのではなく、自身の能の活動の有無によることなのであり、即ちそれは、自身の心の活動の有無によることなのです。)

生前のその人間と親しかった人達にとっては、「その人間の視覚的なイメージ」というものは、「その人間の肉体そのもの」ですし、「その人間の皮膚感覚的なイメージ」というものも、それは、「その人間の肉体そのもの」なのです。例えば、生前のその人間のことを愛していた家族や友人の多くは、亡くなってしまったその人間の肉体を愛おしく思い、「その人間の肉体を、手厚く葬ってあげたい」と強く望むことでしょう。(殆ど全ての動物は、例外なく、「自分と親しかった誰かの死」というものを非常に深く悲しみます。それは時として、その悲しみ故に自分までもが様々な病に倒れてしまうことさえあるほどにです。また、「死後の世界」という人間の思想は、自分の心に生じる「自分自身の死に対する怖れ」というものと「自分の大切な誰かが死んでしまうことの悲しみ」というものとを和らげるための「人類が作り出した一つの知恵のようなもの」であるとも言えるのでしょう。)

ここでの結論を申しますと、肉体の持ち主である本人にとっても、


あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。





















『後書き』


私は、次のように思うのです。現代の多くの先進国の社会に生きる人間のうちの少なくない数の人間は、「自分の心の仕組み」というものを、より深く・より客観的に・より確実に理解することによって、また、「自分の抱いている欲動や怖れと、自分の抱いている価値観や信念とのバランス(生物としての人間の心と、社会生活を営む存在としての人間の心とのバランス)が適度に維持された心の在り方」・「自分の属する社会の社会的価値観を守り続けるということが、自分のストレスや自分のフラストレーションを解消するということに繋がるような心の在り方」であるように、自分自身の心の仕組みというものを再確認したり・必要に応じて再形成したりしていくことによって、もっと自分の人生というものを楽しんだり・もっと自分の人生の中で幸せを感じたりしながら生きていくことができるようになるのでしょう。 後略
























著者プロフィール

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本の誕生秘話

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関連書籍の紹介

参考文献

「心理学の基礎」(有斐閣糸魚川直祐・春木豊編)
「手にとるように心理学がわかる本」(かんき出版渋谷昌三著)
「精神分析7つのキーワード」(新曜社J・D・ナシオ著)
「精神分析入門」(新潮文庫S・フロイト著)
「世界ことわざ名言辞典」(講談社M・マルー編)
その他多数

























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