もくじ
山元加津子推薦文「心はいつもアフリカにつながっている」 3
1北国の子象 9
2かつ子ちゃんとの出会い 24
3花子のゆめ 38
4エレナおばあちゃん 54
5お父さん、まきこまれる 78
6かつ子、テレビに出る 90
7別れ 108
むすび 124
1北国の子象
空から、なにか白いものが、はらはらと落ちてきました。
「アッ、雪だ!」
象の花子は、あわてて立上ると、おりの外へ鼻をのばそうとしました。ところが、「ガチャ!」と大きな音がして、花子の体は止まってしまいました。
「イテ、テ、テ」

花子の右の後足が、とても太いくさりで、ゆかにつながれています。いつもそれをわすれて動こうとして、いたい思いをしているのです。
くさりでつながれているために、花子は体をいっぱいにのばし、鼻をのばしても、鉄のおりには、とどきません。
「つまんないの……」
花子は、雪にさわりたくてしかたがありません。もう、ここに来て、三回目の冬をむかえようとしているので、雪のことはよく知っています。雪がはらはらと落ちてくるようになると、とても寒い冬という季節がやってくること。そして、地面がまっ白におおわれてしまうこと。
花子は、寒い冬は苦手でしたが、雪は大好きでした。白くて、ふわふわして、きれいだし、雪がふってくると、世界が清められるような気がするからです。前に、ふぶきの時、小屋の中まで雪がふきこんできて、鼻の先でさわると、しゅっととけて無くなりました。それが、とても不思議で、おもしろくて、またやりたかったのですが、今日は、どうやっても雪にさわれません。
「ああ、寒い……」

花子は、また小屋のかたすみにうずくまって、おりの外にふる雪を、じっと見ていました。
花子が生まれたのは、東京の近くの大きな動物園でした。そこは、小屋の外に大きな運動場があり、運動場と観客席との間に、深いみぞがありました。小屋のドアが開いていれば、花子たちは、いつでも自由に運動場に出て、遊ぶことができました。もちろん、くさりでつながれる、なんてことはありませんでした。

花子は、最初に運動場に出た日のことを、とてもよくおぼえています。それは、生まれて、一週間目の日曜日のことでした。
「今日は、みんなが花子を見にくるからね。運動場に出ないといけないよ」
と、お母さんは言いました。しいく係のおじさんの話だと、花子が生まれたことは、新聞やテレビに大きく出た、ということでした。もちろん、そのころの花子は、新聞もテレビも知りませんでした。
「さあ、みんな待ってるからね。外に出ようか」

お母さんは、そう言うと、先に小屋から出ていきました。お母さんに続いて外に出た花子は、びっくりしてしまいました。みぞの向こうの観客席には、ものすごい数の人間がいて、花子が出ていくと、いっせいにはくしゅをして、さけびました。
「はなこー。おめでとーう」
あまりにもその音が大きかったので、花子はくるっと後をむいて、小屋の中に、にげこもうとしました。それを、鼻でやさしくおしもどして、お父さんが言いました。
「花子。こわがることはないよ。みんな、おまえが生まれたことを、喜んでくれているんだよ」
それから、しばらくの間、花子はお父さんとお母さんといっしょに、その動物園で楽しくくらしていました。
ところがある日、お父さんとお母さんが運動場にいる間に、花子は小屋から出され、トラックに積みこまれてしまいました。
「プルルー。たいへんだー!お父さん、お母さん!たすけて!」

花子のさけびに、お父さんとお母さんは、あわてて小屋にもどろうとしましたが、ドアはぴったりしめられており、入れません。
花子は、トラックの上で、四本の足をくさりでしばられてしまいました。くさりをつなぐ時、しいく係のおじさんは、泣いていました。
花子も、トラックが走っている間中、泣いていました。トラックの荷台は、おおわれていて、外は見えなかったのですが、夜がきて、また朝がきたようでした。最後は、ものすごい悪い道を、何時間も走りました。花子は、トラックの床にうずくまっていたのですが、ガタン、ゴトンとゆれるたびに、あちこち体をぶつけ、いたさと、悲しさと、両方のなみだを流しました。

やがて、トラックがとまり、花子はこの小屋に入れられました。入ったとたんに、またガチャリとくさりでつながれました。ここは、前にいた小屋より、はるかに小さく、しかも運動場がありません。花子は、くさりがのびるはんいで、二、三歩ずつ歩くか、首をふるぐらいしか運動ができません。じっとしていると、どうしても、お父さん、お母さんや、別れた日のことが思い出されて、なみだが出てきます。
「お父さん、お母さん、はやく会いたいよーう……」
今も、おりの外にふっている美しい雪を見ながら、花子は別れた日のことを思って、なみだがとまりませんでした。
「花子!寒かんべェ」

そこへ、しいく係の小林さんが、両手にかかえきれないほどのわらを持って、入ってきました。寒くなると、花子のベッドのわらを、いっぱいふやしてくれるのです。
花子は、小林さんが大好きです。もし、小林さんがいなかったら、さびしさと、悲しさで、とっくの昔に死んでいたかもしれません。

小林さんは、いつも長ぐつをはいて、毛糸のぼうしをかぶっています。夏には、ぼうしをぬぐこともありますが、毛が一本も無く、つるっぱげです。その様子が、お寺のおしょうさんににているので、みんなは「小林おしょう」とよんでいます。

小林さんは、めがねをかけていますが、めがねのおくの小さな目がいつも笑っています。
「小林さんは体は人間だけど、目は象と同じだ……」
と花子は思っています。小林さんに会うと、花子は元気がわいてきます。
「ま、元気だせや」
そう言うと、小林さんは、花子の頭や首を手のひらでぴたぴたとたたいてくれます。その感じは、むかしお母さんが鼻でやさしく花子にふれてくれた時と、同じでした。

2かつ子ちゃんとの出会い
象の花子がいるところは、とても動物園とはいえないような、小さなしせつです。「ヘルス・センター」という、大きな建物があり、そのうらに、いくつかのおりがあるだけです。花子と、ライオンと、トラが人気です。その他は、馬とか、ロバとか、あまりめずらしくない動物もいます。

一つだけかわっていることは、すべての動物が子どもだということです。子象と、子ライオンと、子トラがいる、ということで人気を集めました。
花子がきたころには、日よう日になると、動けないほどのお客さんが来ました。この近くには、他に動物園がないので、「ヘルスセンター」にとまっている人だけでなく、ずいぶん遠くから見に来る人もいました。

ところが、だんだんお客さんの数がへってきました。一年たつと、トラがいなくなり、そのおりには猿が入れられました。
二年たつと、ライオンがいなくなり、そのおりには、いのししが入れられました。今や、人気ものは、花子だけになってしまいました。
世の中の景気が悪くなってきた、と小林さんは言っていました。ヘルスセンターにとまりに来るお客さんの数もすごくへったので、月よう日から金よう日までは、花子を見にくる人は、ほんの二、三人になってしまいました。土よう日、日よう日でも、せいぜい三〇人どまりです。

「もうちょっとするとなぁ。花子は、もっと広いところに行けっかもしれんなぁ」
小林さんは、ちょっとさびしそうに笑いました。花子は、この三年の間にずいぶん体が大きくなったので、ますます、この小屋がきゅうくつになってきました。だから、広いところにうつるのはうれしいのですが、そうかといって小林さんと別れるのはいやです。
「あっ。かつ子ちゃんだ」
花子は、とつぜん耳を広げました。アフリカ象の耳はとても大きく、すごく遠くの音でも聞き分けます。かつ子ちゃんは、まだ三百メートル以上はなれたところを歩いていたのですが、花子の耳は、ちゃんとその足音を聞き取りました。

花子が立上って待っていると、やがて赤いランドセルをしょった、おかっぱ頭の小さな女の子がやってきました。少女は、花子のおりの前に立って、右手を上げて、左右に三回ふって、それから「にーっ」と笑いました。花子も、鼻をまっすぐ上げて、左右に三回ふってほほえみました。

これはしばらく前から、花子とかつ子ちゃんがしている、ひみつのあいさつです。
かつ子ちゃんが、初めて花子に会いにきたのは、まだここが、ものすごくにぎわっていたころでした。お父さんと、お母さんといっしょにきたかつ子ちゃんは、おりのすぐ前で、ずーっと花子に手をふっていました。

「かつ子、もう帰ろうよ」
お父さんが言っても、お母さんが言っても、かつ子ちゃんはなかなか、おりの前からはなれませんでした。
あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
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