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中学二年生の秋に親友の 繭子まゆこ った。
「繭のように生きてみたい」
在麗あり はそう思うようになる。繭子は在麗から見るとすごい不幸の筈なのだが、繭子はすいすいとその苦しみを通り過ぎていくようにみえた。
  そんな繭子の生き方が在麗に残してくれた一冊のノートに記されていた。
  最初の頃は繭子のメッセージをなかなか理解できない在麗だったが、次第に 色々なことがはっきりと分かるようになった。その時から在麗の生き方は変わり、その事によって母親との関係も今までになく良いものへと変化していく。
  自分の価値、生きることへのすばらしさを見出し、本当に自分が幸せに生きることのできるこつをつかんだ在麗は……。
            レビュー作者 高橋理恵


目次 本文70% 感想BBS あとがき

本の誕生秘話 著者profile


Copyright (C) 2007 明窓出版, All rights reserved





















単に立読みといっても全部を立読みできるわけでなく、立読み範囲は決めている。立読みできると、当然ながら立読みしたい人が集まる。これが立読みの姿だろう。そして立読みした人が立読みだけで終わることはない。立読み設定についてそう思う。いま立読みは、アマゾン以外はやってない。立読みは明窓出版のお家芸になるだろう。立読みは優れた読者をひきつけ、立読みは活字離れを、立読みを通して取り戻すに違いない。          

さて「エンゼルノート」である。エンゼルと言い、天使といっても、エンゼル派も天使派も特には目くじらを立てることもあるまい。それほど、エンゼルイコール天使という図式は定着している。「天使の奇跡によって」とか「エンゼルの導きによって」とか、所詮は同じ事と、エンゼル派も天使派も心得て受け入れている。中には「天使とエンゼルは同義語のようだがそれは違う」というある種の宗教家は言うかも知れないが、それはこの際関係ない。とする。
この本では、繭子が天使もしくわエンゼルか、在麗(あり)が天使それともエンゼルかは、意見が分かれるところだろう。いずれにしても、繭が天使(エンゼル)と思うならそれもいいし、在麗をエンゼル(天使)にしたければそれもありだろう。ここは、天使の素晴らしさ……、エンゼルの生き方を十分に自己と照らし合わせ、天使にまたはエンゼルに自己投影をすればいいと思う。エンゼルノートはそういう本である。しかし著者のねらいは、もっと奥深い。
天使、エンゼルの存在は著者本人にとってさほど重大ではない。むしろ、天使、エンゼルを意識するしないに関わらず、人は天使、エンゼルに大事なときは必ずといっていいほど導かれているという。 そういえば編集者も、何か迷ったとき、無意識に祈っているが、それが天使、エンゼルに波長を合わせているということだろうか。













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          目 次
 一 章  見えないものへの祈り …………………… 5
 二 章  小さないのち …………………… 8
 三 章  赤いシクラメン …………………… 11
 四 章  卒業式 …………………… 27
 五 章  桜の恷檢 …………………… 31
 六 章  宇宙の流れ …………………… 42
 七 章  怩サの日揩ェくれたプレゼント …………………… 51
 八 章  形見のノート …………………… 62
 九 章  不滅の魂 …………………… 68
 十 章  見えるもの 見えないもの …………………… 77
 十一章  金色の光 …………………… 81
 十二章  光の発掘 …………………… 83
 十三章  雲の流れ …………………… 85
 十四章  自分を受け入れるということ …………………… 88
 十五章  小さな杭につながれた象 …………………… 93
 十六章  子猫の救出 …………………… 100
 十七章  母親が背負っていたもの …………………… 111
 十八章  スポットライト …………………… 123
 十九章  心の光 …………………… 133
 二十章  思いはかなう …………………… 145
 二十一章 見えない手紙 …………………… 153
 二十二章 いまを生きる …………………… 166
 二十三章 いのちの源 …………………… 183
 二十四章 喜びのメロディー …………………… 190
 二十五章 感情の消し方 …………………… 196
 二十六章 不幸を手放す …………………… 204
 二十七章 自分という宇宙空間 …………………… 209
 二十八章 将来への礎 …………………… 215
 二十九章 意識の広がり …………………… 218
 三十章  光はもっと大きくなって …………………… 223
 一 章   見えないものへの祈り

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 九 章   不滅の魂

  在麗あり 繭子まゆこが残していったノートを読んでみようと思った。自分のために残していったノートには何が書かれているのか。どきどきするものがあったが、 繭子まゆこの考えに触れることは生前の 繭子まゆこと話をしているようでうれしかった。ページをめくるとノートには、生前繭子が話していた口調そのままで書かれていた。その内容は、ときどき話していた、あの精神の奥深い話だった。当時、 在麗ありにとっては難しい内容で聞くたびごとに戸惑ったものだ。
 そのノートを読むまで在麗は精神的なことには興味がなかった。繭子が話す精神の世界のことには関心が持てなかった。まして魂というものを信じてはいなかった。心というものはある。けれどそれは脳と心臓の連携プレイだろうというような、あいまいな考えだけがあったのだ。だが、繭子が残していったノートには魂の存在が当然に在るものとして書かれていた。抵抗があったが最後まで読み通そうと在麗は決めていた。
 繭子は死を見つめながらなぜあのように落ち着いていられたのだろう。死は恐いものではなかったのだろうか。死は自分がなくなる瞬間を味わう、いや、味わうことさえない自分の消失。自分の持っているすべての消失。死を一瞬考えただけでも恐怖が走った。まともな人間なら誰だって死は恐い、死から逃れたいと思うのは当然のことではないのか。それなのに繭子はその死を間近に見つめながら平穏だった。在麗は繭子の考え方を知りたかった。繭子のノートをめくると、こんな言葉があった。
 
 在麗、もう何回も話したよね。人間の魂は生き通しだっていうことを。在麗が信じられないと思っている魂は本当にあるよ。魂は不滅なの。どうしてそんなこと言うのかというとね、あるときそれを実感したからだよ。
 点滴の後にとてもひどい状態のときがあってね。そのときは苦しみのどん底で頭がもうろうとしていたのかもしれない。自分ではいつ死んでもおかしくないと思っていた。すると突然意識がすうっと透明になった気がしてね、それから昔の生活のようなものが流れてきたの。過去の人生をカコセイって言うんだけど、それって何かわからないと思うから説明するね。いままで自分(魂)が身体を持ってこの世に生まれて生活したことなの。エジプト時代にいたこともあれば中世にもいた。数々のあたしがあたしの中で流れていった。時代も国もさまざまだった。けれど不思議なことに、それを見ながらそれが自分だということがわかるの。どういうふうにわかるのかって訊かれれば、心の奥でわかってるとしか言いようはないんだけどね。それは、身体を脱ぎ捨ててまったく違う自分になるみたいなもんだったよ。劇ならば、何役も配役を替えて舞台を演じる俳優を言うのかもしれない。
 だからいまの生を生きるということは、衣装を替えて魂が新しい舞台に立って劇を演じるようなものかもしれないよ。死は身体を持っている人間にとっては恐ろしいものだよね。けど魂にとっては、古い衣装を脱いで次の生へ出発するためにドアを開ける一つの動作みたいなもんだよ。死を怖がるのは、魂ではなくて魂の上に付いている衣装の方だと思えばいいの。身体という衣装はこの世に何度でも違った形で生まれるけど、この世の産物だから魂の世界のことまではわからない。だから衣装が死を考えるとき、遺伝子に組み込まれた悲しみや恐怖が不幸を作り出す。実際にその衣装はなくなるしね。でもそれは、魂のうわべに付けた産物が騒いでるだけのことで魂は永遠に存在しているから、死をみつめても壊れるものが何かということも知っている。だからびくともしないんだよ。
 魂が生き通しだということを知れば、人は死ぬことをもっと自然に受け入れられるのにね。

「うーん。魂があって自分は過去にも生きていたか……。こりゃ難しすぎる。第一、そんなもんあるなんて信じられない。だいたいさ、そんなの見えるっていうのは普通じゃない気する。ヤクやると幻覚見えるって聞いたことあるけど、そのこととは違うのかな。繭はヤクはやってなかったけど痛み止めは打ってたかもしれない。でも……、繭は一度きりのあやふやな出来事を本当のことのように言う子だっただろうか。もしかして繭は、普通の人が見えないものを何度か見て確信してたのかもしれない。だからこうやってノートに書いたのかもしれない。
 それにしても魂だけというなら、あたしも信じられそうだけどね。魂が永遠に生き続けるという考えは好きだよ。死ぬのも恐くはなくなるしね。もし魂というのが繭の言うようなものだったら、繭にとっては死が不幸ではなかったのは確かだ」
 最初から抵抗のある話題にぶつかり、在麗は自分の考えをまとめるのに一苦労した。それからさらにページを進めた。
 
 在麗、この世はすべてエネルギーからできてるんだよ。考えも目には見えないけどエネルギーだよ。だからその考えが積み重なっていくと一つの形になるっていうわけ。それが目の前にある現実だよ。現実に経験してることは自分の考えの積み重ねの結果だよ。このことは前に言ったことあるよね。
 それならば自分が幸せに生きたいと思うなら、幸せになる考え方や行動を積み重ねていけば、幸せが現実になるということはわかるよね。そうやって幸せな人生は自分で作っていくんだよ。

「繭は考えもエネルギーだって何度も言ってたっけ。このことはよく憶えてる」
 
 在麗は繭子が病気になった理由を知ろうと思った。
「繭は病気になる理由を話したかった……。けど、あのときあたしが繭の話を中断した……」
 赤いシクラメンとともに思い出す初冬の情景だった。その箇所はないかとページを

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 あ、ゴメンナサイ。立ち読み部分はここで終わりなんです。ここまで読んで下さって有りがとうございます。
 このあともっと面白くなりますから買っていただけるとすごく嬉しいです。 

















 あとがき

 この本は八年ほど前に書いたものです。その頃の私は、毎朝近くの山へ散歩に行っていました。
あるとき、一ページの情景の場所で私が呟いた言葉がありました。その言葉から話が続いていったのですが、その呟きはこの本のものとは違っていました。
 その頃、私の周囲にはたくさんの本から情報を得て、生き方を確立しようとしている人たちがいました。そしてその情報を私に聞かせてくれるのです。私はそのことにうんざりしていました。外からの情報は知識をもたらし発見もあるのでしょうが、その本人が生みだしたものではありません。他人が生み出した知識を受け渡している状況に心は響かなかったのかもしれません。私は自分のペースでわかっていく方法を求めていました。
「私にはもう、本からの情報はいらない」
 それが私の呟きでした。
 私たちは生き方を模索します。宗教に入り、教えを実践する方法もあるでしょう。そういう組織を好まず、本や他の情報から生き方を汲み取る人もいるでしょう。また、自分の抱える問題を遠くに押しやり、見ないよう、感じないようにしていく方法もあるでしょう。どのような生き方をするかはその人が選択することで、どの方法がいいということはないと思うのです。他人の知識を自分のものにすることが不得手な私は、もっと簡単にわかる方法はないものかと考えていました。頭を休めたときに、ふっと思いつくことやひらめくことが誰にでもあります。山を散歩しているときに頭に浮かんだり、書きたくなるものが出てきました。      後 略

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 著者プロフィール
























本の誕生秘話

 いきなりの電話だった。「竹中さんですか。『宇宙心』を読みました。素晴らしい本です。編集後記をお書きになったあなたと是非お話がしたい。また、私の友人が書いた原稿を読んでほしい」柔らかい女性の声だった。
 数日後つれだって来社した二人の女性は、なんとなく雰囲気のある好印象を持つ人で、思わずこちらの顔もほころんだ。
 聞けば、相当前に書き上げた原稿ではあるが、時期的に熟した感じがしないまま今日まで日を重ねてしまったとのことだ。
 ま、そんなこともあるかな、と軽い気持ちで原稿を預かった。読むほどに、嵌っていく自分に気づいた。主人公(女子高生)に自分を重ねて考え、感じ、あっという間に読み終えた。
 デカルト、カントは読んだことはないが、それらの本をひたすら読みやすく書いたらこの本になるのではなかろうか。それほど哲学的な内容だ、との思いにとらわれた。会社のスタッフに話してみたら、そそこまで言う本ならきっと啓蒙度の高いものになるでしょうね、という反応だった。
 後日談だが、出版契約を取り交わす直前、著者の自宅を訪問し、近くの由緒ある城趾公園に案内された。園内をそぞろ歩きながらの彼女の言葉に心底びっくりした。
私が読後感についてはなにも話さないのに
「お友達にレベルの高いチャネラーがいて、ある日チャネリングのとき、『この本は大昔の著名な哲学者があなたをリードして書かせた』と言ったの」そう言われれば思い当たります。本業の翻訳作業の時は、言葉を考え考えしながら、ずいぶん時間がかかるのに、この本を書くときはほんとに楽しくドンドン筆が進みました。
あっというまに書き上げ、自分でも驚いたくらいです。そのかわり、どこでどうなったのか分かりませんが、出版する気になるまでえらく時間がたってしまいました。でも、こちらの感覚で分からないだけで、あちらではちゃんと“予定どおり”ということなのでしょう」
 私の受け止めた原稿読後の印象がズバリ的を射ていたということに今でも不思議だと思っている。

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